野川紀行
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2017/09/07(木) ”モノ”の考え方 <(`^´)>「
ここでの”モノ”とは、

”物部氏”について・・ なんです (^^ゞ

そこに 万葉歌人の 柿本人麻呂が加わって・・


偶然・・ってのは ”奇”なるモノが重なって現れた ”偶”なるモノで・・

増しては 2つ、3つの偶然ってのは もはや 必然でして・・


712年の古事記、720年の日本書紀、柿本人麻呂の生きた時期、

それが時点でしたら、

柿本人麻呂の赴任地・・ 石見ってのは 地点の一致でして・・


しかも 記紀ってのは 多分に 政治的に恣意的なモノであるのに対し、
”詩”ってのは 至って 直情的なモノでして・・

彼の代表作の一つに ”相聞詩”ってのがありまして、
これは 簡単に言って終えば ”恋文”でして、、

万葉集にも収められてるんですが、

記紀ってのが 紀伝体・編年体という”散文”で書かれてるのに対し、

相聞詩ってのは 恐らく?! 日本初の!! ”韻”を踏んで書かれたモノなんです <(`^´)>

つまり・・・  ”抒情詩的” なモノなんです (^^♪

小生の野川紀行を詠んでる方なら もうお解りでしょうが・・


それが ”音楽” の原形なんです!!  \(^o^)/


万葉仮名(音に対して感じを当てはめる)を使っての表現なんですけど、

これが実に リズムスティックなんです!! (^^♪

リズム感にあふれてるんです〜 (^^♪

(相手に対して より 自分の思いを ”同じ”形で表し・伝える為のツール・・って事です。。)


余談ですが、この万葉仮名ってのも難解なモノでして・・

ただ、臨書(そのままの形で書き写す:書道みたいなモノですが)が残って居るのが有り難い事ですね〜 \(-o-)/




そんな彼が赴任してた石見にある 物部神社。

物部神社の祭神・・ 記紀に出て来る ”宇摩志麻遅命”

その 物部神社とは最近まで仲の悪かった 杵築大社(出雲大社)


物部氏の正体は・・?! ってのがキーワードなんですが・・


物部系の文書:先代旧事本紀 では 宇摩志麻治命(ウマシマジノミコト)と表記されてるのですが、、

神武東征後の これに関する話しは大変難解でして、、

饒速日命、長髄彦、吉備津彦、出雲振根・・

奈良・桜井の  纏向遺跡、
出雲市斐川町の 荒神谷遺跡、 ここは ヤマタノオロチの現場となった斐伊川です。。


加えて 四隅突出型墳丘墓の分布・・

これがまた・・ 出雲・吉備・播磨・尾張・越・・ と 符合するんです \(-o-)/


大和朝廷との関わり・・ ”ヤマト” についてもですが、

”(山の元)”であり ”(山の門)” でもあり・・


当て字の変化に関しては、 たった最近(300年前)の、
”ヤンヨーステン” が ”ヤヨス”→”八重洲(ヤエズ)”に為ったくらいですから・・

ヤマトに至っては 1300年前の事です・・のでね・・ (^^;)

これも余談ですが・・(^^ゞ

近くは ”深大”寺と ”神代”植物公園、神代団地・・

当て字の一例です。。


遠くは、

須我神社の謂れ・・

「ヤマタノオロチを退治した後 妻の稲田比売命と新たに住む所を探し当てた場所で、
とても ”すがすがしい”気分になった!!」 事から すが→須我 の当て字を・・

ちなみにこの時に読んだ歌が 
「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を 」で、

もちろん 須我神社の麓にある 八重垣神社にも参ります!! \(-o-)/




物部系の祝詞・・「ひふみよいむなやこと(一二三四五・・) ふるべゆらゆらとふるべ」 

経清の由来・・ 奥羽の安部氏との関係・・


そんな地に 再来週 実際行く身としては、

”直感”を磨くために〜 
先入観という異物から解放されるために〜


つまりは 無意識に 純粋な感想が その場で パぁ〜っと!! 降りて来るように〜


そのためには 知り得る ありとあらゆる情報を心の底に沈めて置く必要が有る〜って事です <(`^´)>


これもまた ”光の三原色” の一例です!!  (^^♪


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