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2010/04/09(金) 母…

少し暖かくなった夜風に包まれながら急行の停まらない駅からのいつもの帰り道…
ふと、見上げると夜空に丸い月がぽっかりと浮かんでいた。


田舎で暮らす母の顔が丸い月に被さる様にぼんやり見えた気がした。


不思議な事に思い出す母の顔はいつも悲しげな表情をしている。


万引きGメンを生涯の仕事に選んだ母はポーランドに旅行をする夢を胸に抱きながら女手一つで僕と二匹のブタを育ててくれた。


正確に言えば父親は何度も変わっていったのだが、その中の誰一人を『父親』と認める事が出来ない僕を母は悩んでいたと思う…


八度目の離婚をした直後だった。
万引きGメンの母が自分の配属されたホームセンターからしゃもじとスリッパを万引きして捕まる事件が起きた。


幸い、警察を呼ばれる事は無かったが母は長年勤めた会社をクビになり、職を失ってしまった。


生活費も底を尽き、食べる物にも困っていた母は、育ち盛りの僕にひもじい思いをさせる事は出来ないと、毎日豚肉料理を振る舞ってくれた。


そうなのです。
家族の様に一緒に暮らしていた二匹の豚のうちの一匹を…


その豚の名前は『ロース』と言った。
おそらく飼い始めた時から食用にするつもりで付けた名前に間違ないだろう…


豚肉料理が出て来て半年経つまで食べていたのが『ロース』だという事に気付かなかった僕はその事実を知り、泣きながら母に抗議した。


その半年後、もう一匹のブタ『バラ』も僕の前から姿を消した。


『こんな母とは一緒に暮らせない』と、中学生だった僕は学業を放棄して上京してベルトコンベア−で流れてくる刺身盛りにプラスチックで出来たタンポポを乗せる仕事についた。


月日は流れ、今年の正月、30年ぶりに母の暮らす田舎に帰省した。


あの事件の真相をたしかめる為に…


あの事件がなければ、母と離れて暮らす事も無かったであろうし、時給740円で今の会社で働く事も…


土産に買って行ったの
『東京X』と言う豚肉のみそ漬けで夕食をとりながら母に真相を聞いた。


あんな事件がなければこんな人生を送る事も無かったのだ…


僕は静かに箸を食卓に起き、母にこう訪ねた。


『かあちゃん。なんでしゃもじとスリッパなんかぬすんだん…』


すると母は悲しげな顔でこう呟いた。


『あんた、卓球部入りたいって言っとったろう…』


その言葉を聞いた瞬間、全てを悟った僕の目から止めど無く熱い涙がながれた。


僕が卓球部に入りたいなんて言わなければ…


全ては優しい母が僕を卓球部に入れる為の行動だったのだ。


涙を隠す様に一人ベランダに行き、吸いなれたゴールデンバッドに火を付けた僕は、土産に買って来た『美豚』と書いてあるTシャツをビリビリに破いた。


季節は春…
今日も刺身の上にタンポポをのせている。


長くなったが僕が伝えたい事はただ一つ…






万引きは犯罪です。




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