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2007/04/28(土)
自戒『カテゴライズの恐怖』
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以前から、何度も言っていることだが物事をカテゴライズすることは時には必要であるが、デメリットも多分にあることを忘れてはいけない。
最も極端な例を挙げると、 四捨五入は、【1〜4】を【0】に【5〜9】を【10】に一刀両断してしまう恐ろしい行為だ。
俺は今日、夜の電車の中でふと思った。 「この時間帯は会社帰りのサラリーマンばっかだな。」 と。
おい!ちょっと待てよ! サラリーマンってなんだよ!! みんな別人だ。 みんな千差万別な顔して、それぞれの人生があって、それぞれの家庭に帰っていく一人の人間だ。 そういうのって安易に一まとめにして呼んでいいものだろうか。
世間体を除外して白状すると、俺は正直言ってフォーマルなスーツを着てる男は「自分とは違う人種」と、はっきりカテゴライズしてしまっている。その時点で彼らの存在を自分には要らない情報として処理してしまっている。
これは自分としては明らかに反省すべき点だ。 理想を言えば俺はその男の眉間や目尻に刻まれた皺から彼が歩んできた人生の苦楽を感じ取れるぐらいの感性を欲しているのだ。
にもかかわらず!
サラリーマンたち!!だとか!!
下北系だとか!!みんな必死で個性を出そうとしてるじゃないか!!
カテゴライズして情報量を下げねばならないほど、自分の脳がパンク気味だとも思えない。 なのに吐き気がするほど俺の中にはデジタル化機構が出来上がってしまっている。 これは怠惰以外の何者でもない。
アナログの無駄な(だと思われる)部分をもう一度見つめなおして生きていこう。
無限階調。 それを大事にしていこう。
切り捨ててしまったものは取り戻すことが出来ないのだから。
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