日々是魂知己
〜自分勝手の極み〜
我、思う。故に知己あり。
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2007/08/31(金) 軽い頭痛がする。
低気圧が来ると気圧が低いはずなのに、締め付けられるように頭が痛くなるのはなぜだ!

2007/08/28(火) ファン心理
さて、マイルスさんのCDを入手すべくバイト後レコファンへ足を運ぶ。

一路ジャズコーナーへ!!

と、その前に、、、

スタントンムーアのセカンドは置いてあるかな、と、、、


、、、ぬぁ!!!

ギャラクティックの新譜が!!!!!

問答無用で即GET。



そして、目的のマイルスさんのおわすところへ。

と、その前に、、、

メセニーさんの品揃えは増えたかな、と。。。

むぅ、変ってないが、、、前から迷ってたオーネット・コールマンとの競演作をGET。

フリー万歳。



ようやく、マイルス。

事前の調査により、エレクトリック後期を狙い、手に取る。

ギター:ジョンスコ

はい、決定。



月末は財布の紐がゆるんでイカンね。

腹が減ってるときにスーパーに買い物に行ってはイカンのと同じ感じだ。

2007/08/27(月) 法師
名にし負わば、法師よ

お前は何を説かん

この常ならぬ世に

お前は何を説かん



朝の薄明かりに

木漏れ日の中に

夕暮れのかなしみに

つくつくと響くは

ただ秋の足音か

2007/08/26(日) Dreams will be strange
生け簀の中に 一匹のウミガメが 漂っていた。

背中に貼られた紙にはこう書かれてあった。

「HE WILL DIE YESTERDAY ¥1500」


それが高いのか安いのか、俺には分からなかったが、

無意識下の自分が投げかけてきた命題は

きっとそういうところではなかったのだろうね。

目が覚めてからそう思った。

2007/08/24(金) 源流を訪ねて
神奈川と東京を二分する境川のルーツを探ってひたすら上流へ。


・・・そこで待っていたものは!!








コイツは一体!?(※画像の引き伸ばし等の処理は行っていません。)

2007/08/23(木) 参ったs
28かよ〜。

いつまで若いつもりでいられるか。

頑張ろう!チームS54!!

2007/08/22(水) 気付いて焦った!
なーんかエネルギーが切れ気味だなー。
と思って、思い返してみると、ここ36時間でポテトチップスを一袋しか食べてないことに気が付いた。
(もちろん、水分は補給していたが。)
別に金が無いとかじゃなくて、ただ食べるのを忘れていた。
こりゃいかん。
てことで急いで食料を補給。
やっと通常状態に戻ってきた。

2007/08/21(火)
夢を見るのが私の日常の楽しみである。

夢というものは自分の内にあって自らの意識が介入しにくい典型的な解放の形である。

尚且つ、しばしばダダの様相を呈し、作り出した本人すらも理解に苦しむ代物でもある。

不思議なことに、現実に起こったことよりも記憶から消えやすく、逆にふとした瞬間に突然思い出したりするのも夢の特徴である。

とにかく、夏の夜は寝苦しさのせいか夢を見る機会が多いので、思わぬダダが自分の中から生まれることも多い。

寝苦しいのは歓迎できないが、そういう副産物は嬉しい夢土産だ。

2007/08/20(月) 参るs
今、マイルスさんを聴いております。

メセニーブームが一段落したら、マイルスブームがやってきそうな予感がギンギンします。

しかしまぁ、よく思う事ですが、自分が生まれるよりも前に既にこんな音楽があったんだなぁ、と感慨深い気持ちになる。

こういう感動ってオンリーな代物ですよね。

世界は常にごくごく一部の人間が引っ張っているんだな〜、と。

まだ彼のほんの一部にしか触れていませんが、実に見事な解放です。

参りますね。

2007/08/19(日) おかしいな・・・
同世代の中ではかなり自由に生きているハズなのに、よく考えたら最近、【解放】が生活のテーマの一つになっている。

この上、一体何から解放されようというのか。

そこらへんをハッキリさせとかないと、先には進めない。



というワケで数十秒考えた。


あ〜、自分だ。

自分の行為は自分の常識や意識によって束縛されている。

どうやら俺はそいつらからの解放を求めているんだね。


・・・それって、できるのか!?

仮に自分から解放されたとしたら、それは誰だ?

無意識のところにある自分って誰?

誰って言うか何?

そいつは人間なのかい?

難しい問題だ。

2007/08/18(土) 連想できる!?
セミが増えすぎて回線を切ってネットが繋がらない
とか
スニーカーが勝手に冷凍庫のドアを押し開ける
なんてことは
実際に起こってみないと、「そんなバカなこと」と
一笑に付してしまうだろう。

事実にはそれだけの説得力があるね。
どんなバカげたことでも起こってしまえば事実だ。

それが意味することは、
つまり、
やったもん勝ちってことだろ。

事実を打ち立てろ!
その賛否なんてのは後続に任せればいいさ。

2007/08/17(金) 暑くて参ります(*_*)
夏は暑ければ暑いほど良いと思っていた、あの頃。

2007/08/16(木) 見える人 見えない人
この季節は幽霊話が飛び交いますね。

なぜ怪談は夏に多いのでせうか。



唐突に彼は言った。

「ライブハウスとかスタジオとか電気系だから、幽霊が出やすいよね。」


ん?

・・・電気系だから??

そーなのか。

幽霊は電気系なのか。

じゃあ、電流で撃退できるってこと?

すげー!!

2007/08/15(水) 面白いもんで
影に光を当てると影があったことも信じられなくなるぐらい跡形もなく消えるように、夏は冬の闇を消してしまう。

日記を書いていても、ネガティブな発想がまるで出てこない。

夏の中にいると、現在、南半球が冬だっていう実感が湧かない。

夏の日差しの中にいると、どこかで雨が降っていることを考えない。

俺にとって、夏にはそれほどの浄化作用がある。

テンションにスレッショルドをMAXにしたコンプがかかっている様な感覚だ。

が、強弱のないモノは得てして単調になりがちなので、ある程度は意識して自粛しないとマズイ。

2007/08/14(火) 糾える縄の如く
世の中に存在する【戻力】(レイリョク)。

逆らえば徒を重ねるが、

それを巧みに利用できれば、大きな効果が得られる。

放物線の気持ちで生きてよう。

滑らかに。

2007/08/11(土) 無機
「なんで?」

と訊かれて

なぜかムキになってしまった。

意味のないモノに意味を問われて

なぜかムキになってしまった。

意味のないモノを共有できないことが残念だったから裏切られたような錯覚に陥ったのかもしれない。

それでも人と何かを共有できると思い込んでいたい。

2007/08/10(金) 【戻力】についての考察
おそらく万物に対してはたらいていると思われる。

物理的には作用に対して反作用があるように、どうもそのような力が形而上学的にも存在するだ。

それは時間差を伴って訪れる。
その時間差と戻力の大きさは比例に近い関係にあるようだ。
それは、この力もまた時間軸とは別のベクトルで存在することを示す。

その力の発生点は0だと思われる。
よって、戻力はニヒリズムの枠の中で常に存在し続けている。

その力によって全てにリズムが生まれる。

振幅の大きさは、【解放】へ向かう力の大きさによって決まる。その意味では解放と戻力とは対義と言える。

諸行無常などは、戻力によってもたらされる結果の最たるものと言える。

突き詰めたところにシンプルな形が顕れた物は解放力と戻力のバランスが同時刻に保たれている状態と言える。
球体という形状がまさにそれだ。
球体に更なる戻力がはたらく時、戻力が時間軸にも影響を及ぼす可能性はあるかもしれない。

それらを総括すると、我々の成すべきことは解放へ向かい、存在し続けることであると思うのである。

2007/08/09(木) 思いつき企画!!
瀬戸内海を歩いて渡ろう!

というワケで行って参りました。

しまなみ海道、今治(愛媛県)から尾道(広島県)まで6つの島を経て、その全長はなんと69km!!



そりゃ、無理だろ〜って思うよね?






















無理でした。

だって普通に考えて無理だろ。

時速6kmで歩き続けても11時間半かかるし。

時速6kmって結構速いし、休憩とかしてたら、普通に無理でした。

ほどよいところで諦めて、自転車をレンタルし、5つ目の島から船で本州上陸。

尾道ラーメンを食べました。

2007/08/08(水) くるりん
故郷、松山を一望できる観覧車「くるりん」。

スローな動きが松山っぽい。

イモなネーミングが松山っぽい。

ゴンドラ内の空調、冷房と暖房が同時に稼動してる!?・・・松山っぽい。

四国 松山、それはそれは平和な街です。

2007/08/07(火) mp3
イヤホンをして、携帯をいじる。

これぞ現代人のポーズ。

ようやく俺も彼らの仲間になれそうです。

2007/08/06(月) あさはかに
カルマ(業)

肉を食うとき、露骨に業を感じる。

本来、人間が人間である以上は皆、業の上に生きているのだろうけど、そういうのはなかなか感じる機会がない。

肉を焼いて食うとき、生きていたものが食い物になっていく様子がまじまじと見て取れるので、それを口にするとき、その業を分かりやすく実感する。


(※以下、これはもの凄く軽率でふざけた考え方だと思うので、気に食わない人はゴメンなさい。)

そういう感覚は一種の嗜好品で、普通に生活する上では別に感じなくて良い罪悪感だろうと思う。

ただ、言葉にしないまでも、心の片隅でその気まずさを感じることが肉を食うときの言わば調味料となる。

その業に対する開き直りの爽快感(恐らく子供が酒やタバコに手をつける感覚に近いと思う)。

そして、他の命を自分が吸収している実感は何物にも代えがたい精神的なエネルギーになる。

それを求めて、俺は肉を食う。

2007/08/05(日) Zero Tolerance For Pain
生きることは苦痛か。

生きることの目的はなんだ。

生きる意味とは。



それは孤独か?

それは惰性なのか?







渇き。

限界に近い状態で次の歩みを踏み出す力は欲することからのみ生れる。

本能の欲するところに意味などない。

「なすべきことはすべてわたしの細胞が記憶していた」谷川俊太郎
(この表現。「わたしが」ではなく「わたしの細胞が」。まるで他人事のようだ。)


「わたし」には説明できない内なる原動力。

それが「わたし」の中にある。

それは「わたし」が人間である前に動物である証。

山があるから登る、道が続くから歩く、どちらも目的が山や道ではなく行為そのものを欲することにある。






生きることの目的とは「生きる」こと。

生を謳歌すること。

まぁ、そんなことは人間以外の生きとし生けるものは細胞が(笑)知っているのだろうねぇ。


川沿いに
辿り着きたる
江ノ島の
西の茜に
蝉の時雨れる



たいして綺麗じゃなかった夕日が現実感に溢れてて良かった。

2007/08/04(土) 現地集合
【解放】は【束縛】の対極にある。

バンドという名の下に集まる人の99%がバンドという束縛によって解放とは違う道を歩むことになる。

それはとても残念なことだ。

合わせるのではなく、現地集合の意識で皆が解放されたところで合流できればこれほど心地よいものはないだろう。




メセニーさんが美しく完成された音楽を生み出していく一方で、フリーインプロヴィゼィションというカオティックな音楽に興じるのも【解放】という“角度”から見れば全く等しい行為なので合点がいく。

まさに両極端の一致だ。


現地集合が可能なのであれば、【自由=孤独】の構図が崩れることになる。

孤高の域に達した者同士がその世界で孤独を癒しあう様は素晴らしいカタルシスに満ちている。

俺は現段階でそのカギはシメソシィにあると見ているのだ。

2007/08/03(金) 見る角度
ロボットから見ると【人間らしさ】とはアニマル的であること。



アニマルから見ると【人間らしさ】とはロボット的であること。



ミジンコ界では人間は巨大生物であり、太陽系で見れば人間とミジンコとはなんら変わりない。

で?













見る角度の話。



ピラミッドは三角



四角







球体は丸



やはり丸



完全








白紙は0















だいたい長方形






「ものごとを多面的に捉えよう!」という説教臭い内容をNHKの教育番組的に文章にするとこんな感じかな。




僕はいろんな角度から人間を観てみようと思う。

その点に関しては貪欲である自信がある。





ところで、金って全然貯まらないけど、洗濯物はなんであんなに溜まるんだろうね。

昨日なんて、多すぎて洗濯機が回らなかったぞ。

諦めて2回に分けた。

まいった。

まいったけど全く今日の日記の内容とは関係ない。

関係性を見つけられる人がいたら勝手にこじつけちゃってもOKです。





空間座標上に在る2点は1つの直線上にある。

その意味は、どんなに無関係に思える事象でも少なくとも1つは共通点を持っているってことだ。

要は捉えようとする角度次第だ。





「反比例曲線はずーっと離れてみるとX軸、Y軸と一緒なってただの十文字に見える。スゴイだろ?」と中学の数学のワタナベ先生が言っていた。
(ワタナベ先生は凄く楽しそうにそのことを話していたが、残念ながら中学生という“若さ”はそういった類の喜びをそうそう感じれるものではない。今にして思えば、あの時、あの教室でワタナベ先生はかなりの孤独を感じたに違いない。)




「勝って兜の緒を締めよ。」と中学校のミヨシ校長先生が言っていたが、その言葉は戒めとも激励とも取れる。
(校長らしいシブい御言葉だが、中学生でこの言葉が心に響いてしまうヤツは若年寄と呼ぶに足る逸材だと思う。)


なんで今日はこんなに中学時代のことを思い出すんだろうか。
(まさか、セミの声が記憶の奥のイノセンスな記憶を呼び覚ました!?)




ものごとの本当の姿とはあらゆる角度から見て初めて見えるものなのだと思う。

その考えの基には、僕らはあまりにも無知で、語れることなど唯の一つもない。

あまつさえ万物が時と共に流動するは世の常。

あらゆる刹那にあらゆる角度からものごとを捉えようなど、ヘソ茶だ。


だからこそ尚更その時々に感じることを確かな角度の1つとして刻みつけておきたい。

2007/08/02(木) はい。というわけで
夏になりました。

ありがとう。

夏は、何はなくとも在り難いのであります。

好きだから。

それで良いのであります。

四季の中で唯一、言い訳が要らない季節。

それが夏。

何がどうとか、じゃなくて夏。

ただただ夏。

あー、夏さ。何かモンクあっか。

スカーッとした日差しとギラギラした音とシュワシュワした呑み物。

それらが揃ったときの、うだ〜ってなる時間。

うだ〜。

2007/08/01(水) 枯淡をよしとする思想もありますが・・・
血沸き肉躍る夏のパワーに中てられると、やはり脳内はβエンドルフィンに支配されてしまう。

地上は今、ひどく形而下学的な世界です。


さぁ、今こそ、太陽よ!!
暗い季節を越えて染み付いた俺のニヒルを焼き尽くしてくれ!!


セミたちの脂ぎった声よ!!
時を重ねて覆い隠された俺のイノセンスに響いてくれ!!


そして、この季節の終わりに流す涙が透明であらんことを!!


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