夢想庵
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2005/03/09(水) 智慧の実を食べよう3
いやはや、あったかくなってきました。
とはいえ週末天気が崩れて寒くなるとの事。
風邪ひかないようにしねとな〜。

昨日の続きです。

第四章、小野田寛郎・(財)小野田自然塾理事長・81歳
テーマ「そこで生きる力」
1974年から、フィリピン・ルバング島で、日本帝国陸軍少尉として
なんと30年間も任務についていたと言う老人。
えらいことです。
敗戦直後、無線機の故障や、ごたごたの中で、情報が行き届かなかったゆえの事らしいですが、
30年…しかも一人で…。想像すら出来ません。
そして、この人、帰って来たはいいものの、当時の陸軍はもちろん無く、
恩賞等も殆ど貰えなかったそうです。
扱いとしては、30年間無職と同じ。
しかし流石にそれだけの事を乗り越えてきただけある人、
そのサバイバルの知識・経験を生かして自然の中での逞しい青少年育成のための、
前記の「小野田自然塾」を設立。
逞しいです。
まとめるといっても、面白いと思うことが沢山すぎるのと、「平和」の中で生きていく上で
リアリティをもって理解するにはちょっとラディカルな話ばかりなので、難しいです。
全体に、生きる、という事を、
サバイバル生活の中で見出した、その生きる意志、というものを語っています。

「遊んでいるような小鳥でさえも生きるためには苦労する。」
これは小野田氏の言葉ではなく、落語家の春風亭柳昇氏の言葉らしいですが、
とてもよく、端的に小野田氏の言いたい事を表しているような気がします。
「まだ肉体的に生きる力のある間は決して死ぬべきではない、私はそう思うのです。」
今、日本で年間三万人の自殺者がいるそうです。
どこかで、自殺というのは、本当は「生きたい!」という叫びなのです、と聞いたことがあります。
僕は平穏に生きてきて、死にたいと思うような、辛い事にはあたった事がありません。
だから、本当は何も言えないのだけど、それでも今は、小野田氏の言うように、僕も思います。
そういえば、誰かが「生きてるだけでまるもうけ」って言ってたな。

好むと好まざるとにかかわらず、苦労はするもの、
だからどうか、悩まずに、やれるはずだ、と思ってやりましょうと、
氏のように30年も一人でサバイバルした後に僕は言えるだろうか。

第五章、谷川俊太郎・詩人・72歳。
テーマ「世間知ラズ」
詩人だけあって、小野田氏や藤田氏のような肉体派発言はありません。
「意味を取っ払ったところに出てくる無意味、いわゆるノンセンスというものは
結構人間にとって大事なもんじゃないかなと僕は思うんです。」
言葉、というものをこねくり回して考えるのが好きな僕にとってはタマラナイ言葉です。
「ノンセンスというものは人生の手ざわりというものを教える」
これは鶴見俊介氏の言葉だそうな。
意味というものは、人生の論理というか、筋道のようなものを教えてはくれるが、
手ざわりのようなものはあんまり教えてくれないということ。

詩というのは、言葉という具象的なものからその具体性をとっぱらって、
言葉の匂いや手ざわりや温度やうねりやなんかをダイレクトに表現するものだと思うのだけど、
例えば、ネット上ではそういうものは乏しく、
言葉や記号に意味ばかりを乗せてやり取りしているようにも思います。
だって無意味なんて無意味じゃんと言われれば最早言う事は何もありません。
僕は自分が把握できる事なんかホンのわずかだと思いますし、だから断言というのが苦手です。
人間そのものに限界があるように、言葉や、それに限らず、あらゆる表現にはそれぞれの限界があります。
その中で、その逆風ともいえる迫り来るような限界の中で工夫しようとする事こそが
なにがしかの表現をする上で重要なのだと思っています。
だから、才能なんか無くてもいいと思っています。
そして、日常生活の中においての言葉でもそう。
知識やなんかは、あれば役には立つけども、その相手に何が必要かを考える意志が重要だと僕は思います。
このへん、一章の共感するという事に繋がるものがあります。
投げかけとその反応。それがコミュニケーション。
人間は、伝えていくプロセスそのものなんだな、と最近思います。

どうせ食べるならおいしいものがいいように、
どうせ関わらなきゃならないなら、いい関係を。



ちょっと、この日記一連、重いなぁ。うへー。
ノンセンスがどうこういっときながら、一番意味に溺れているのは僕かもね〜でへへ〜。


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