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2006/11/08(水)
無題
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その遊園地の門にはもうずっと休園の札がかかっていました。
街からはそう遠くなく、小高い丘の上にあるために、 一番の目玉であった観覧車からの景色はそれなりに良かったのですが、 自分たちの住む街を眺めたいと思う人がそんなに多くなかったからでしょうか、 遊園地はすっかり寂れ、観覧車が動かなくなってから随分長い時間が過ぎました。
そんな遊園地のある日の夜、薄暗がりに子供の影が四つありました。 空にはカシオペアやアンドロメダが輝き、 少し欠けているものの、月は闇をほの明るく照らしていました。 忍び足の僅かな音とパタパタというあどけない小さな足音が聞こえます。 「おい、静かに歩かせろよ」 先頭を歩く少し柄の悪い感じにも見える少年が小声で言いました。 小さな男の子の手を引いて遅れて歩く少女が声は出さずに頷きます。 先頭の少年のすぐ後ろを歩いていたもう一人の痩せた少年が立ち止まり心配そうに振り向き、 「もうすぐだよ」 前を歩く少年が言ったよりも更に押し殺した小声で少女と小さな男の子に囁きました。
月明かりの中、四つの影がたどり着いたのは観覧車の前でした。 観覧車越しに見る月はなぜか大きく感じられるようです。
先頭の少年は一番下に降りていたゴンドラの扉の鍵を器用に開け、そのまま乗り込みました。 続いて少女が、手を引かれて小さな男の子が、最後に痩せた少年が中に入り扉を閉めました。 電灯がついていないので中の様子はわかりません。 夜のシンとした冷たい澄んだ空気のなか、 星の瞬きさえもうるさく聞こえそうなほど静かになりました。 中に入った少年たちは衣擦れの音さえもさせません。
少年たちが居たことを忘れてしまうほど音の無い時間が流れました。
やがてひそひそと話す声が聞こえたかと思うと、初め僅かに軋んだ音を立てた後、 つい先ほど機械油を差したかのような程に静かに観覧車が回り始めました。 ネオンやタングステン、ハロゲンといった電球は一つも点いていないため、 月の光に写る影で動いているという事がやっと解る位です。
少年達が乗り込んだゴンドラが丁度、天辺に近づいた時、 中からくすくすと笑う声が風に乗って流れてきました。 でもそれはもしかしたら木のざわめきだったのかもしれません。
観覧車はゆっくりと速度を落とし、また動かなくなりました。 頂上に来たそのゴンドラからはもう何の音もしません。 いつしか中天にかかった月のやさしいまなざしがゴンドラの中を照らしました。 そこには何もありませんでした。
それから長い月日が経ち、今はもう解体されてしまったその観覧車が、 実は半周だけ動いていたということには、とうとう誰も気づきませんでした。
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