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2019/01/23(水) 郵便ポスト
       ハロー

 時計の針が進んで行く。それに呼応するかの様に雨脚が強まっていく夜。
部屋の中にいて、何だかわからない不安の種に火が着いてしまった体が、冷気を吸い込んで永遠とほんの一瞬の隙間をさまよっている時間を、やり過ごしていた。
 そんな時、大粒の雨を両手の掌に乗せた彼女が現れた。ちょっと苦味が混じった声が、その口もとから歪んで発したかすかな声で、確かに彼女は、ハロー、と言った。
目を伏せたまま雨靴を脱ぎ、僕の傍らに来て濡れた体と髪の毛を暖めた。白っぽい素足が電気のコンセントの近くで寒さに震えながら、何かを待っている風だ。
まるで赤の他人の様に僕は、お元気ですかと言い、その反応を楽しむ。
 彼女はそれへの反応はそこそこに、今日あった事を話し始めるのだった。聞いてくれる相手は僕ではなくても、誰でもかまわない、という口調で。
 さっき、雨が一時間くらい止んでた時あったでしょう。その時あたし、外に出てみた。そしたら、不思議な女のコがいたの。坂の途中で、ふっと前を見ると、あたしにそっくりな女のコがいたの。息を切らせていてもうこらえ切れないって風でしゃがみ込んだ。その懐には木の実みたいなのをたくさん、持ちきれないほど抱え込んでいたの。あたしはじーっとそのコを見ていたら、そのうちに自分がスーと消えて行くのが分かったの。
 気がつくとあたしとそのコが一緒に並んで歩いていた。そのコ、レストランで働いてて今日の遅番、ズル休みしようと思って、店に電話したんだけど、誰も出ないんだって。何十回かけても出ないんだって。まるで店の方が先にズル休みしちゃったみたいにね。 
それが口惜しくて坂ン所まで全速力で走って来たら、坂の途中で息切れしたんだって。
 そのコの側にいると、回りのも物が、スーとなにもかもが消えて行くみたいなの。風も音も、振動も、とても自然で、その中に吸い込まれて行ってしまうみたい。
 その坂は、いつまで経っても坂なの、地面が平らにならないの。
そこに、下の方からパタパタ軽やかな音がして、郵便屋さんの赤いバイクが現れた。
あたし、タクシーを止める様に手を高く上げて振ったら、バイクは小さく頭を下げて止まったわ。
あたしは」「すいません、坂の上まででいいから、後ろに乗せて行って下さい。これからは、いっぱいいっぱい、レターを書きますから。」って言ったら、その人、何て言ったと思う?
「私宛に書いてくれるんですか?」
だって。思わずクスッと笑ったら、その空気が彼にも伝わったのね。
耳までまっ赤にして、彼はこう言ったわ。
「人の話をストレートに信じるのってダメですか?」
その人、ちょっとズレてんのね、でも、とても好感が持てたわ。
                         (了)


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