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2018/12/27(木) 団地工事中
      坂道を転がるように 1
 
 四月初旬のある日、純一と小夜は、思いもよらない隣家とのトラブルに巻き込まれて、住んでいた町田の工務店の事務所の二階からわずか一年で出て行く羽目になった。裏の物干場の上にまで枝を張っている隣家の庭のドウダンツツジの稍や枝が延び切ってても、隣人の無視っぷりったらない。 純一が東京から遠く新潟県の田舍に妻とまだ幼い子供を残して小夜と駈落ちして来てから滿一年に満たない日々を周囲から樣々な迫害や中傷を受けてから、日陰者的な思いに陥り、なるべく目立たない様に暮らして来た。彼らは郷里から遠い、みすぼらしいこの部屋に馴染もうとしていたことか。前の住人による煙草に汚れた黄色い壁に向って、これまでの生涯や過去の行動の罪悪感にうなされる晩を送りながら。
 純一は半年前から多摩ニュータウンの方にある測量会社に、この頃懇意になった知人の紹介で入社することが出来た。測量会社といっても、埋蔵文化財の発掘調査・支援が事業の大半を占める会社である。彼は歓喜した。上京して間もなく勤めた発掘会社の、あの親方あがりのたくましい、強欲な会社の専務に牛馬同樣こき使われていたのと比べ、今度は閑散とした勿体ないほど暢気な勤めだったから。しかしそれも束の間、場慣れしていないのも手伝い、付け焼刃で学んだ程度で歴史に疎く、愚図で融通の利かない彼は、忽ち同輩の侮蔑と嘲笑とを感じて肩身の狹い思いを忍ばねばならなくなった。所詮は、みな身から出た錆であった。純一は世の人々の同情にすがって手を差伸べて日々の糧を得るこじきのように、毎日朝から晩まで、あちこちの著名の考古関係者や調査員を頼り手紙を出し、或る時は訪ねて膝を地に折って教えを請うた。が知恵の足りなさから執拗に迫って嫌われ、すげなく拒絶されることもあった。彼はひたすら自分を鞭うち励ましたが、自分自身の気性の弱さによる僻みから、夕暮が迫ってくると、思い悩んだ眼差しを古ぼけた野球帽のひさしに隠し、やるせない気持ちを感じながら、小夜の待つあの暗い四畳半二間へ帰って行くしかないのである。
彼女との会話が、煩しい束縛から、闇を引きずる太い鎖をぶら下げる様な日常とも、決別するものに最近はなっていた。そして深夜、深いい吐息を吐き、鈍い目蓋を塞いで、眠れるのを待つばかりであった。
或る日、社で受託し、純一が初めて担当する事になった現場の打合せから早目に帰って来た夕方、純一の苛々した声を出した。
「そんな事できるわけないだろう! まだ引越して来て一年も経っていないのに!」小夜はそれに反応し「良い部屋が見つかり次第、何時でも引越せるようにと思って…」と小声で怖々言い、蒼ざめた顔を上げげつつ眼差しを彼に向け、そして片付けていた旅行鞄のチャックを閉めた。 その鞄は亡くなった父の持っていた彼女へ渡された形見分けだった。目ぼしい金目の物は親類縁者に持って行かれてしまったが、その鞄は、父が壮年の時に旅した中国やロシアや東南アジアまで持ち歩いていた古ぼけた大型の旅行鞄だった。 
 さっき苛々してて咎めてしまった後の、愛おしさと申し訳なさが彼の心の中に広がっていた。         
純一と小夜は、住み慣れつつあったこの四畳半をなるだけ早く離れたい一心である。引越しは一刻の猶予も出来ない精神状態にはなっていた。      
                        (続)


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