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2019/04/30(火) 京風ラーメン
魁力屋

2019/04/29(月) 管理
               夢の中の殺人 9
 
彼は寝る時、わざとナイフを傍らの戸棚に入れて戸を開けっ放して置くつもりである。勿論これは要次朗に十分見て認識されなければならないから。
 深夜、恐らくは2時頃、彼は起きる。そうして、ナイフを取り出す。次に自ら咽喉の辺りを軽く2ヶ所程切る。それから柄の所をすっかり拭いて、(これは勿論自分が最後の使用者である事を見破られない為である)側に寝ている要次朗の左手に握らせる。
雄二は要次朗が左利きな事を知っている。これは全然眠っている所をやらないで、揺すり起こして要次朗が寝ぼけ眼でいる時の方が却って上手く行くであろう。
そうして要次朗が握った時、機を失わず、鉄の文鎮で一撃にその眉間を割るのだ。 勝負は一瞬の間だ。要次朗は直ちに死ぬに決っている。続いて彼はいかにも争っている様な悲鳴を上げる。
要次朗の死体の位置を適宜の所に置く。
その様に彼は完全に殺人を行う事が出来て、尚所罰を免れるのだ。 彼の申立は頗る簡単に行く筈である。
彼は警察・検察官に対し次の様に言うつもりである。
「私ハ夜中ニ何ダカ咽喉ト冷ヤリトシタモノヲ感ジマシタ。続イテ刺ス様ナ痛ミヲ覚エマシタノデハット思ッテ目ヲ開クト要一朗ガ悪鬼ノ様ナ相貌ヲシテ白イ光ル物ヲ持ッテ私ニ馬乗リニナッテイマス。部屋ニハ電気ガツイテイマスカラハッキリ解リマス。私ハ次ノ瞬間ニ殺サレルト思イマシタ。身体ハ押エラレテ動ケマセヌ。勿論逃ゲル暇ハアリマセヌ。思ワズ右手ヲnス伸バスト手ニ何カ堅イ物ガ触ッタノデ夢中デ要一朗ノ顔ヲ殴リツケマスト彼ハ『アッ』ト言ッテ倒レマシタ。私ハソレデ直グ人々ヲ呼ンダノデアリマス」
 検事が果してこの言を信じるだろうか、無論信じない理由はない。あとは店主その他が要次朗の平素に就いて述べてくれるであろう。 実に素晴らしい企てである、と雄二は考えた。そうして思わず微笑した。 愈々就寝に入る時が来た。雄二は予定通りナイフを要次朗の目の前で戸棚に仕舞った。あとはもう寝るばかりである。
 要次朗は美しい横顔を見せてすぐに眠りに落ちたらしい。
雄二はつくづくとその横顔に見入った。自然が男性の肉体に与えた美しい技巧である。しかし雄二には同性の美しさに好意を持つと言う事は断じてなかった。彼は今更、要次朗の顔を呪った。
 12時半になり、1時頃になった。時は正に真夜中になろうとしている。しかしまだ何となく辺りが落ち着かない。雄二は、健康な肉体が必然に伴って来る烈しい睡魔と戦わねばならなかった。
彼は始め余りに緊張したせいか、2時頃に至ってますます甚しく疲れ始めた。銀次は何時ともなしにトロトロして来た。
 と、彼は不思議な夢に襲われ始めた。 要次朗がいつの間にか立っている。見るとその片手にはキラリと閃く物を持っている。あっと思う間に、要次朗が、彼のすぐ側に寄って来た。次の瞬間に要次朗の顔が、映画の大写しの様に彼の顔の前に迫って来た。
途端に彼は咽喉の所にヒヤリと冷たい物が触れたと感じた。彼は叫ぼうとした。雄二の想像していたストーリー通りには要次朗は行動しなかったのである。
 夢ではない!とピリッとした刹那、例え様のない、激しい痛みを咽喉の回りに感じると同時に、雄二の意識は失われて行ってしまったのだ。  ・・・・・                           
 要次朗はその夜のうちに逮捕された。彼はしかし警察官に対して、全然自分には雄二を殺した覚えがないと主張した。
検事の前においても無論その主張を維持した。
彼は、もし彼が雄二を殺したとすればそれは全く睡眠中の行動である。自分は今まで夢遊病の発作に度々襲われた事がある。
殊に地元にいた頃には、父親の頭を太い棒で殴り付けた事もあったと述べた。 
O亭の主人はその主張を裏書きした。 用いたナイフと傍らにあった文鎮とは、しかし、O亭の主人の知らない物であった。のみならず頗る危険な物はあの部屋にはなかったと思う、と店主は述べた。
 けれども、上野の商人達は要次朗にとって幸にも売った相手を覚えていた。短刀も文鎮もその前夜、要次朗と一緒に来た男に売った事をはっきりと述べた。
そして被害者の写真を見ると商人達は買い手を確認した。
無論、彼の犯行当時の精神状態は専門家の鑑定に附せられた。
その結果要次朗の陳述の通り、彼の殺人は夢遊病中の行動である事を検事・警察に認定され、無罪となったのだった。                                                                  (了)

2019/04/28(日) ブランチ2
              夢の中の殺人 8
 
 雄二は、もう一軒の店でわりと大き目な鉄の文鎮を求めた。これも友達に頼まれた事にした。彼の計画によればこの文鎮こそ殺人に用いるべき物である。
 映画館のスチールを見ながら、雄二は出来るだけ殺伐とした光景を探し回った。そうしてとうとうある日本の古い映画ばかり映写される○○館に要次朗を連れ込んだのである。
彼の見立ては確かに成功した。写し出される映画は皆時代劇だった。殊にある有名な映画俳優が主役になっている映画には、殺人狂とさえ思われる人物が活躍した。その人物は1話を通じて数10人を斬り殺したり、突き殺したりした。
刀がぎらりと閃いて、斬り手の殺伐な表情が大写しになる度毎に、雄二は要次朗の横顔をチラリと見た。要次朗は夢中で、スクリーンの殺人に見入っていた。
「もっと殺せ、もっと斬れ」と雄二は心の中で叫んだ。
要次朗もあるいはそう思っているのではないか。そう推察されてもいい程、彼もまた熱心な観客の一人だった。
 彼等がO亭の寮に戻ったのはその夜の10時頃だった。
今更雄二の計画を説明するのは今更あるいは煩わしい事かも知れない。しかしここに一応それをここで明瞭にしておく。雄二は、正当防衛に口実にして要次朗を殺そうとするのだ。要次朗がこれ迄、夢遊病の発作に襲われた事は多くの人々が知っている所である。
 現にO亭における要次朗の部屋(即ち雄二と要次朗の相部屋)には危険な物は一切置いてはいない。しかも、店に勤めてから2ヶ月しかならない間に彼は、時々夢中遊行をしている。
その中の一回は現に彼が見ている。 だからその夜、仮に要次朗が発作に襲われたとしても決して不思議はない。そうして夢中で傍に寝ている雄二に斬りかかったとしても必ずしもあり得ない事ではない。
ただ従来、斬ってかかるような物が置いていない。それ故、雄二は一振りのナイフを求めたのである。
 調理場においてある包丁の様な物はいつも見慣れいるから恐らく要次朗に深い印象を与えないだろうい。それ故、雄二はわざわざナイフを買った。そして要次朗にはっきりと印象を与える為に度々見せたり持たせたりした。
更に、その夜、発作を起す近因として殺伐とした映画を十分に見せた。要次朗は非常に熱心さでこれを見た。
 医者でない雄二にはこれ以上の手段は思い付かなかった。そして、これで十分だと信じたのである。
 彼が何故にナイフを求めたかと言う理由は、一応要次朗の所に説明がしてある。もとより出鱈目ではある。故郷の友人を調べられればすぐバレる嘘である。
しかし彼はその嘘を要次朗一人にしか語ってない。要次朗が殺されてしまえば、彼は調べられる時、何とでも他に出鱈目の理由を言えばいいわけである。又、文鎮を求めた理由もそれと同様なのだ。
二人が映画館で時代劇を見た事を立証する為に彼は2枚のチラシを大切に持って帰って来た。しかして彼等が確かにその夜映画館にいた事を出来るだけはっきり証拠立てする為に、彼は数本の映画の場面とストーリーを十分に覚えて来た。
 更に、どの映画が何時に始まったか、どれが何時に終ったかという事まで時計を見て調べて来た。この最後の小細工は実は甚だ拙劣である事を直ちに理解されるだろう。                                                            (続)

2019/04/27(土) 駐輪禁止
              夢の中の殺人 7
 
 電車が御茶ノ水辺りを走っている頃に彼の脳中を駈け回っていたのは、全く他の事だった。
「気狂いが刃物を抜いて来たらどうする。殴り殺しても構わないか」
と言っていたあの大道法律家の言葉が又頭に浮んで来た。 その夜彼は寮に帰ると、兼ねて集めていた講義録を盛んに引っぱり出して何か頻りに読み耽った。夜更けまで、その講義録の中の数行が目にちらついて消えなかった。それは次の文字である。

正当防衛ハ不正ノ侵害ニ対スルコトヲ必要トスル。而シテ不正トハ其ノ侵害ガ法律上許容セラレヌモノデアルコトヲ意味スル。故ニ、客観的ニ不正デアレバソレデ足リル。責任無能者ノ行為、犯意過失無キ行為ニ対シテモ正当防衛ハ成立スル。
  
次の日から雄二の頭の中は殺人計画に没頭した。彼が前の日上野を散策中に
「殺っつけちまおう」とは言ったが何等の用意はなかった。しかし最早、犯罪の種は彼の頭の中で芽を出し始めたのだった。 雄二が真面目である事、固い事、が彼をして犯罪人たらしめない、とは不幸にして言い得ない。
彼が法律を多少知っている事が彼をして決して犯罪をさせないとは尚言えない。そうして一番不幸な事は、要次朗さえいなくなれば美代子が再び彼に好意を見せるだろうという極めて単純な、いわば無邪気な考えを雄二がどうしても捨てられないという事である。
 いかにして要次朗を殺すか、いかにして、法の制裁を逃れるか、これ以外の事は問題ではなかった。この二つさえ成功すれば、美代子に対する恋も当然成功する様に考えられた。「偶然」が彼に不思議な暗示を与えた。
彼の知っている限りにおいては、責任無能力なる者の行為に対しても正当防衛が成立する。しかして彼の知る限りにおいて要次朗は、ひどい夢遊病である。
夢遊病患者が夢中で犯罪を犯す事は有り得る。現に犯す有様を彼はスクリーンの上でもまざまざと見ている。(もっともこれは夢遊病とは少し違うけれども) 雄二が、彼の法律知識と、映画の印象とをこれから行おうとする犯罪に、如何に連結させない様にするか、この一点に推察されるのである。
 彼は数日の後、ある計画を頭の中で完成した。 1週間程過ぎたある日の夕方、雄二は再び上野に現われた。この時は要次朗も一緒である。要次朗が休日なので、雄二は主人に嘘を言って自分も夕方から出かけたのだった。
彼は要次朗を上野まで上手く連れ出した。これからはかねての計画通りにやらなければならない。 二人は人通りの多い不忍池の傍らに立ったが、不図、雄二はある露店の前に立ち止った。
そこには登山用のサバイバル・ナイフがたくさん並べられている。雄二はそのうちの一つを買い求めた。
「ね、君、これは相当切れそうだね、実はこないだ東京にちょっと来て、間もなくまた帰った故郷の友達がね、護身用に一ついいナイフが欲しいって言ってたんだよ。明日辺り送ってやろうと思うがどうだい、ちょっと手持ち工合は」
雄二は、そう言って要次朗にそのサバイバル・ナイフを手渡して見た。 要次朗は案外これに興味を持っているらしく刃の光るのを見ながら、「うん、こりゃ仲々いい。人でも獣でもこれなら一突きだ」 と答えた。
                           (続)

2019/04/26(金) 練習中
                夢の中の殺人 6

 ここまで聞いた時、雄二は右側の男に少し小突かれた様に感じた。妙な気がして上着の右のポケットに手を突っ込んで見るとさっき買ったハイライトがない。あわてて首から紐をつけて上着とシャツの間に挟んでいる財布に手をやると確かにあるので安心したが、もう右側の男はどこかに行ってしまった。
煙草一箱だが掏られた感じはひどく嫌なものだった。
彼は大道の法律家をそのままそこに残してぐるりと歩を巡らせた。そうして池畔を廻って××館と言う名画座に入った。
 彼が席に腰を下ろして パンをムシャムシャ食べ始めた時、映写されていたのはバスター・キートンのブラックであまり笑えない喜劇であった。朝から不愉快な思いに悩み続けていた彼は、ようやく、その話の展開スピードの早い映画を見て胸の悩みを一時忘れることが出来た。そうしてそれが終って次の映画が始まる頃は、彼は全く夢中になってそれに見入っていた。
 それは一種のブラック・ユーモアを混ぜた滑稽な犯罪映画であった。或る悪人の学者博士の資産を横領しようとする為に、何とかいう伯爵夫人を殺そうとするのである。伯爵夫人といっても舞台がイギリスの設定だから伯爵の妻ではなく、夫はないのだ。
そしてその女が死ねば労せずして博士に財産が転がり込む事になっているのだかその辺はよく雄二には判らなかった。しかしそんな事はどうでもいい。
 この映画の中で、面白いのはその博士が伯爵夫人を殺す方法で、彼は自分で手を下さない。ここにある美男の青年が現われるが、博士はその男に催眠術をかける。男はその暗示に従ってある夜中、夢の中で伯爵夫人を殺してしまう。時計が大写しになる。正に午前2時5分前。「その夜の2時頃であります。彼はガバと跳ね起きました。彼は夢中なまま伯爵夫人の部屋へと進むのであります。ドアの鍵穴より覗いて見れば……」 映画の中のナレーションの説明につれて映画はクライマックスに達する。
夢の中で自分の部屋から出かけて行く所を、その青年に扮した役者は非常に巧みに演じた。彼はナレーターの言う所とちょっと違って、伯爵夫人の寝室のドアをコツコツと叩く。夫人は恋人となった美男の青年の声を聞いてドアを開くと、男が不意に飛びかかって絞殺する。
この辺は極めてスリリングであった。
雄二は空になったパンの袋を握りしめながら映画に夢中で見入った。
 これから名探偵に扮したキートンの活躍となり遂に博士が本当の犯人で事が解る。博士はいよいよ追跡急なのを知ると自動車を飛ばして逃げ出す。
結局は逃げ場がなくなって自殺をしてしまい、青年は許されておまけに百万長者となるという、後半は全く下らない物だった。 が、雄二は息をもつかずにこの映画を見終った。
 彼が××館を出たのはもう夜になっていた。いつもなら他の館に入る彼は何を思ったか秋葉原まで歩いてから電車に乗った。 雄二は改札口を通る時に、それが法律上如何なる意味を持っているかと言う様な事は考えなかった。
彼の頭の中には、さっき見た映画が浮んでいた。殊に青年が一人秘かに部屋から忍び出る所が残像として残っていた。
                          (続)

2019/04/25(木) スルガ銀行
                 夢の中の殺人 5

 パンを買ってブラブラ歩いて行くと人だかりがしていた。袈裟衣をつけた僧の姿の人が一生懸命に何か言っている。彼は不図足を止めてその話を聞いた。何か宗教の話ではないかと思ったのだ。ところが突然その坊さんは
「要するにアベ内閣は……」 
と言い出した。雄二は何となく興味を失って、その先にあった群衆の方に歩みを移す事にした。彼は今どんな話にも興味が持てない。しかしどんな話にでも、無理をしてでも興味を持とうと努めているのである。
 その一つ先の群衆の中心には帽子を被った大学生風の男が手に一冊の本を携えて一生懸命に喋舌っている。否、怒鳴っている。
「皆さんは恐らく、そんな事は滅多にあるものではないと言うだろう、と思うから愚かである。皆さんは法律を医者の薬と同じに考えているから困る。薬は病気に罹って初めて要るものだ。しかし法律はそうでない。皆さんが一時たりとも法律を離れては存在しない。
たとえば皆は大家に渡した敷金とか言う物はどんな性質の物か知っているか。よろしい。これはあるいは知っている方もあるだろう。ところで皆の中には大家もいるだろう。その人々はその敷金を消費する事が果たして正しいのか知っているか。
今日皆さんは電車又はバスでいや、あるいはタクシーでここへ来たのだろう。電車に乗って切符を買う事はどういう事か知っているのか。」
 大学生に見える男は法律の話をしている。雄二は、法律なら俺には判るぞ、とその男の話を聞き始めた。
「そもそも電車の切符は、片道180円也の受取りであるか、それとも電車に乗る権利を与えた事を認めた一つのしるしであるか、これが皆に判然と分るか。
タクシーで来た人達に問う、君はもし途中でタクシーが動かなくなったらどうする。タチの悪い運転手は新宿からここまで乗せるのを嫌がって神楽坂辺りで故障だからと言って君を下車させてしまう。
この間もそういう目に合った人が僕の所へ相談に来た。
 法律知識は生活に必要な物であるにも関わらず、多くの人は殆どその必要を感じていないとは実に理解に苦しむ事実である。法律を知らずに世を渡ろうとする人は、闇夜に灯りもなく山道を歩く様なものではないか。しかし、皆さん、君は言うだろう、それは民法に就いてのみ言うべき事である。刑法などの知識は正しい人にとっては必要はないと。だから困るんだよ。
いくら正しい人にでもその知識は絶対的に必要なのだ。
例をあげようか、仮に皆さんの中に気狂いがいたと仮定して、皆さん、世に馬鹿と気狂い位恐ろしい者はない、今ここで僕が話をしている時、突如気狂いが刃物を抜いて斬りつけて来たらどうするか、逃げおおせれば問題はない、その間がないのだ。
奴を殴るか斬られるか、という場合だ。判り切ってるじゃないか、無論殴ればいいと皆さんは言うだろう。よろしい、しかし殴り殺してもいいかね。よろしいか、ここでちょっと考えて貰いたいのは相手が気狂いだという所だ。我が国の法律は勿論、大抵の国では気狂いには刑事責任を負わしていない。気狂いが人を殺したとて無罪になるに決まっている。その気狂いの行為に対して正当防衛が成立するかどうかという問題なのだ。
これについては法律の大家の説がいろいろある。しかし大体において積極説に一致している。皆もあるいは結論においては同じ考えかも知れないが、その理由を知っているか、更に例を変えて、もし狂犬が現われたらどうする。無論君は、この犬をぶち殺すだろう。この際これは正当防衛と言えるか。およそそもそも動物に対して……」                           
        (続)
              

2019/04/24(水) 宅急便受付
                夢の中の殺人 4

 もしこの時、要次朗が、雄二に対して返事をするか、または雄二が彼を揺り起こすかして、当然2人の間にある会話が取り交されたならば、彼ら2人の中の1人が、それからの人生を間違う様な事にはならなくて済んだかも知れない。
しかしとうとう要次朗は目を開けず、雄二もそれ以上、彼を起そうとはしなかった。
 翌日、雄二は腹痛のため、欠勤して終日寝ていた。彼は腹よりも胸が苦しかったのである。全てがメチャメチャになった様に思えた。それでもまだ、彼はもしや、と考えた。雄二にとっては同じ屋根の下にいて、しかももう一人の女店員と同じ部屋に寝ている美代子の所へ、要次朗が忍び入るという事は、ちょっと考えられなかったのだ。
 それから彼はどうかして事実を突き止める決心をした。
しかしその後何事もなかった。もっとも雄二は決心はしながらも、何時もじきに深い眠りに陥ってしまうのだったが。
 ところが昨夜の出来事はもうどうにも何とも言い様がなかったのである。彼は真夜中頃に突然目が醒めた。パチンと誰かが彼の頭の上にいつも点いている6色の美しい電気スタンドを消したのである。薄明るい部屋が突然真っ暗になったので、却って彼は目を醒ましたのかも知れなかった。
 その時その闇の中ではっきり彼が聞いたのは要次朗が
「なーに、豚さん、疲れてよーく眠ってるよ」
という声と誰か他の人間がクスリと笑う声であった。

  初秋の日影はうららかに差している。 雄二は燃える様な胸の焔を抱きながら上野公園の池の辺りを歩いている。
何とも言い様がない。それにわざわざ……。
虫も殺さぬ様な顔をした要次朗があんな図々しい事を言ったり、したりするとは思わなかった。女も女だが男も男だ。奴は全く食わせ者だったのだ。
いやに真面目らしく大人しく振舞っていたのは女を引っかける手段に過ぎなかったのだ。国元にいる頃、あれでは何をしていたか判ったものじゃない。
そう考えた時、雄二は百足でも踏みつけた様な気持ちに襲われた。 
今朝、国から来た友達を連れて東京見物をさせてやるから、という好い加減な口実を設けて、一日休みを貰った時、主人にいっそ昨夜の事を告げてやろうかとも考えた。しかしそれは自分にとって余り良い結果をもたらさないかも知れない、他の方法で要次朗が存在しない事になればあるいは局面が一転するかも知れない、と思って彼は何も言わなかったのだ。
 昨夜殆ど眠れなかったために、一日サボろうと思った彼は、秋の一日を草原の中ででも寝て暮そうかとも考えたが、結局、いつもの慰安場所にしている公園に来てしまった。
彼は、どこかの映画館に入るつもりなのである。 朝飯を食べる気がしなかったので食べずに出て来たせいか、妙に空腹を感じて来た。しかしわざわざ飯屋に入る気もしなかった雄二は、池の角の所に出ていた出店の所で、四つばかりパンを買うと、それをそのまま手に持っていた。彼は映画を観ながらこれを食べるつもりなのである。      
                         (続)

2019/04/23(火) スクールゾーン
                 夢の中の殺人 3 

  雄二が部屋に戻って寝床に入ると、要次朗はちゃんとそこに眠っている。雄二はやや収まった腹を撫でながら考えた。始めは、「奴、又寝ぼけやがったな」 と感じた。
 今彼の傍に美しい寝顔を見せている青年には不幸な病気があった。それは夢遊病である。かつて国元にいた時、夜中に太い棒っ切れを持って突然側に寝ていた父親を殴った事があったそうだ。起こされてから彼は何も知らなかったと言う。
何でもその宵に、地方を廻って来たある劇団の時代劇の芝居を見たのだそうだ。無論それまでにも彼が寝ぼけるのは偶にあったが、今までそんな烈しい例はなかったのでそれ以来、家人は大層警戒して彼の寝る部屋には危険なものは一切置かない事に決めたそうだ。 
  O亭に来た時もその事は兼ねてから店主に聞かされていたが、雄二が要次朗の夢遊病の状態を見たのはいまだ1回しかなかった。 夜中に水道を烈しく出す音が余り長く止まなかったので、店主が行って見ると、要次朗が足を洗っている真似をしていた。烈しく叩いて醒まさせた所、彼は全く寝ぼけて水を出しっ放しにしていたのだった。雄二はその場に立ち合っていて、その有り様を見ていた。そして主人と一緒になって彼を叩いたのだった。 雄二はその時の事を床の中で思い出したのである。しかし、次の瞬間にまた誰かが上から降りて来る足音を聞いた。その足音はトイレの辺りで止まり、ガタンとトイレのドアを開ける音が耳に入った時、雄二は急に妙な事を想像した。
再びドアが開く音がしてそのまま二階に戻るかと思っていると、それがずっと雄二が寝ている部屋の前まで来た。そうして暫く静かになった。
外の人は部屋の中の様子を窺っている様だった。 銀次はチラリと要一朗の方を見た。要次朗は彼に背中を向けているが眠っているらしい。すると突然部屋のドアの外から、
「要ちゃん、要ちゃん」 と囁く様な声が聞こえた。
銀次はハッとした。それは美代子の声だったのだ。 しかし要次朗は身動きもしない。 すると外で、
「要ちゃんてば……もう寝ちゃったの」 
という声が聞こえたかと思うと、そこを離れる気配がして足音はスーッとそのまま、二階に上ってしまった。
まだシクシク痛む腹を押さえながら雄二は暫く天井を見ていた。要次朗の方を向いて、「おい君、君」と呼びかけた。しかし要次朗はこの時本当に眠っていたのかどうか、兎も角、全く知らん顔をして眼をつぶっていた。
                           (続)

2019/04/22(月) 市議選挙候補者
                 夢の中の殺人 2

 この心配はとうとう事実となって現われた。要次朗の美貌は同性の心を動かすよりも異性の美代子の心を動かしてしまったのだ。
彼がO亭に来てから2、3日のうちに、既に雄二は、美代子が要次朗をチヤホヤするのを見てしまった。ただそれだけならまだいい、美代子は今までの態度を全然変えてしまったのだ。
雄二は彼女から見向きもされなくなって来たのである。無論、彼は煩悶し、焦慮もした。そしてその苦しみの中にあって彼は頼りらない物に頼った。
それは要次朗が、まだ若くて割りあいウブだと言う事と、彼が非常に真面目な青年だと言う事だった。
 しかし雄二の頼みは忽ち裏切られた。要次朗がまだ若く、ウブで真面目である事が尚いけなかった。生れて初めて、都会の美人に惚れられた(と少くとも要次朗と雄二は考えたが)要次朗は、間もなく彼女の媚態に陥って、彼の方からもかなり積極的な態度に出始めて来たのである。
 そうやって雄二にとっては、悩みの月日が過ぎた。勿論彼はあらゆる手段で美代子の気持ちを自分の方に引っぱろうとした。けれどもそれは完全に無駄骨に終わったのである。
けれど彼は自分の心持ちと、かつて自分に対して取っていた美代子の態度からして、まさか彼等が完全に許し合っているとは信じなかった。また信じたくもなかった。
しかし、この彼の考えを根柢から動かす様な事が最近ついに持ち上ったのである。今から約1週間程前のある夜中だった。
従業員6人程が生活している(勿論雄二・要次朗・美代子ら3人も含め)1DKに2人ずつの相部屋生活をしている寮で、いつもは昼の労働に疲れ切って――読書は近頃到底身の入るものではなかったが――死人のように熟睡する雄二は、その夜、午前2時頃、突然の腹痛で眼が醒めた。 彼は暫く半眠半醒の状態で床の中で苦しんでいたが、はっきり眼が醒めると慌ててトイレに飛び込んだ。
そういう場合、誰でも比較的長くトイレ内にいるものである。彼は漸く苦しみが収まったので、一安心して出ようとした。
 するとその時2階から階段をそっと降りて来る足音が聞こえて来た。そうして降り切ると彼のいるトイレの側を人が通る音がして、やがて彼の寝ている部屋のドアを閉める音がした。この時雄二は初めてさっき彼が眼を醒した時、いつも傍に眠っている要次朗が床の中にいなかった事を思い出した。
     (続)                                                       

2019/04/21(日) えぼし・車
        夢の中の殺人 1

「どうしたってこのままでは放置して置けない。……いっそ殺っちまおうか。」 上野公園の不忍池の辺りを歩きながら雄二は独り言を言った。しかしこれは胸の中のムシャクシャを思わず口に出しただけで、本気で殺そうとははっきり考えたわけではなかった。
ただ要次朗という男の存在の例え様のない邪魔臭さと、昨夜の出来事が嘔吐を催しそうな程不快に今更思い起こされたからである。
 雄二が四谷のレストランO亭にコックとして住み込んだのは今から約一年程前だった。彼は22歳の今日まで、殆ど遊興の味を知らないで来た。
実際彼はそういう所に勤めているには珍らしい青年である。彼の楽しみは読書だった。殊に学問か、それでなければ修養の本を、暇さえあれば貪ぼり読んだ。
 レストランO亭のコック雄二は、いつかは一かどの弁護士になって鋭い弁を法廷で振るうつもりでいた。しかし彼には学校に通う余裕はない。従って独学をしなければならなかった彼はかなり以前から××大学の講義録を取って法律の勉強をしていたのである。
そういう真面目な青年の事だから主人の信用の厚いのは無論である。それ故、一定の公休日でない今日、彼が一日の暇を貰って上野公園を歩いているのは大して不思議な事件ではないのだった。
けれど、遊興もしなければ大酒も飲まない雄二が、真剣に恋を感じ始めたのは決して不思議な事ではない。彼も人間である。
しかも未だ若い青年である。その恋の相手は矢張り同じレストランに8ヶ月程前から勤めている美代子という若い女だった。美代子はO亭に来る迄、かなり多くの店に勤めては辞めて来た。
しかし、雄二の様な真面目な、有望なコックには未だどの店でも会った事がなかった。 
雄二は美代子がO亭に勤め始めてから間もなく秘かに恋をし始めた。
そうしてだんだん彼女を思いつめて行った。けれども彼が彼女にはっきりと心の中を打ち明ける迄には相当の時がかかった。無論誰しもそういう気持をそうたやすく相手に言い出せるものではない。
しかし真面目で一本気な彼の場合には特に愛の告白は難しい事であった。  
 ある日、やっとの思いで恋を打ち明けた時、雄二は、こんな事ならもっと早く言うんだったと感じた。それ程、美代子は、簡単にしかももはっきりと、彼にとって有難い返事をしてくれたのである。彼は有頂天になった。
彼女と同じ店にいることが勿体ない様な気がして来た。彼はちょっとの隙でもあれば彼女と語っていたかった。彼は当然主人や他の従業員などがいない時を狙っては美代子と語った。
けれど彼女の方は割合大っぴらだった。他人がいてもはっきりと彼に好意を見せてくれた。これがまた雄二にとっては嬉しくもあり恥ずかしくもあった。そうやって3ヶ月程は夢の様に経って行った。
 ただ最後の事だけが残っていたのである。だが、これは雄二に最後の一線を越える勇気がなかったのではない、と少くとも彼自身は考えていた。機会がなかったのである。
機会さえあれは美代子は完全に彼の物となっていただろう。彼はただ機会を待っていたのだ。ところが、今から2ヶ月程前に、彼にとって容易ならぬ事が起った。即ち要次朗の出現であった。要次朗は、O亭の主人の遠い親戚の者であるが、今度店の手伝いとして、田舎から出て来たのだった。
 彼は真面目さにおいても、有望さにおいても殆ど雄二に匹敵した。しかしその見た目のルックスにおいて、雄二とは全く比較にならぬ程、優れていたのである。 雄二は決して立派な顔立ちではなかった。実を言うと、彼が美代子に対して恋を打ち明けるのに、一番負い目を感じていたのは自分の顔であった。どう贔屓目に見ても彼を美男とは言えない。
醜男ではなかったけれど決して良いルックスを持ってはいなかった。
 これに反し、要次朗は水準を遥かに超えた美青年である。濃い眉、高い、筋の通った、しかしながら鋭くてなだらかな線を有した恰好の良い鼻、それにそれ迄田舎の日の下にいたとは思えないその皮膚の白さ、そして豊かな双頬、それ等が寄り集まって要次朗の顔を形造っているのである。
 要次朗は雄二よりは1つ年下だった。だからもし雄二が、要次朗の美貌に対して、甚しく羨望と嫉妬心を持ったとしても少しも無理はないのだが、不幸にして事実はそういう方向に向っては発展しなかった。
いや、雄二はこの美青年を初めて見た時に既にある不安を感じていたのである。
                    (続)

2019/04/20(土) 市議選挙立候補者
ポスター掲示板

2019/04/19(金) セブンイレブン
             生きる幻影

 生を生きる事、、産まれてしまったから生きている事、それを邁進しようとする猛烈な心。そこにこそ自由があると言えるのかも知れない。がしかし、自由自由と言っても現代社会で生活している以上、限界があるだろう。
 生きている事の中で、自由を要求する事に常に飢えている事、現在の社会での限界の壁に向って衝突して行く事、そして突き当たる事に嫌と言う程意識を目覚めさせなければならないだろう。
 生の極地、技巧の極地、陶酔し己で己に嘘をついて行く。他人を騙すだけでなく、己自身も騙す。次第にもう嘘と感じられなくなり、感じられなくなった矛盾の中にどっぷりと浸る。
それもまた自由と言うものであり、生きると言う事なのだろう。
 生きている事の中で、この自然の世界では良い事も悪い事もなく、利他主義的なものも利己主義的なものもない。
そこにあるものが、全て善であり悪であり、利他であり、利己である。生きるために、生を遂行するために役立てる一つの手段である。
この世の幻影を自分の意のままに操り、駆使する人こそが真の自由人だと言えるのではないだろうか。
 生活を獲得しそれを消化して一切に幻滅し、そして全ての事の幻滅を確信して、幻影を最早イリュージョンとして享楽して、消費出来る人こそが自由な人であり、自由な意志を持ったと言う事だろう。
 そして、生きると言う事は産まれてしまったからであり、生きている限りは生を享楽しなけらばならない。自己を享楽するためには、この世のもの全てを自己の苦悩を通して道具とし、手段としなければならない。
全ての物事は生の拡充の、また刹那における、生きる事の欲望を満たしてくれるための手段と道具であって、世の中で言われる何々などのお題目のためのものではない。
 そして全ては赤ん坊が玩具を欲しがるのと同じ様なものでなければならないだろう。
                            (了)

2019/04/18(木) 駅前水飲み場
              初の訪問 2
 
 これに反して黒田開拓使長官のタクト棒がアメリカ製であった事は、至る所に思いもかけぬ形で記念されている。あの京都式の都市計画すら、一般にはアメリカ式と思われているほど、札幌の街には、古典アメリカの表情が所々に残されている。
 古典アメリカ。それはリンカーンが象徴である。リンカーンと共に革命を闘いつつ実業家から北軍の少将となり、勝って後、農商務長官となっていたホレス・ケプロンこそ、黒田の乞いを入れて1871年〜75年まで、北海道開拓事業の基礎を設計した恩人である。
エルムもまたアメリカから渡った街路樹とばかり私は思い込んでいた。
 かつてのサッポロベツ原始林を忍ぶ事が出来そうだ。落葉を布いてそそり立つ巨木はすべてエルムであった。
そう思って見れば、道の名物の大街路樹、お化けの様な柳とエルムも、土地生え抜きのものだった。気安さで、アメリカの教師が教えたエルムという樹名に親しんで行った事だろう。
 私は記念品を買うため、札幌市内のある小路に案内して貰う事にした。買いたい記念品は馬の鈴だった。
あのドーナツ型の馬鈴、昔の物は良質で音が良いから、この小路の中の古道具屋を目当てにしていた。
南二条にある一軒の古民具屋で私は十個の馬鈴を買った。ドーナツ型のでなく、昔の映画で注意深い人は見た筈の、鈴蘭型の小鈴である。
馬具屋では英国式だと教えてくれたが、古くから札幌で作るもので、皮のベルトに何個か上向きに並べて着ける。  北海道の農村について私は知りたいと思う。
内地の農村とは、まるで違った歴史を持っているからだ。早い話が内地の農村で、明治初年の一揆と十年代の自由民権闘争に無縁であった所は何処にもない。
 北海道がその例外となっているのは、札幌と共に北海道開発が始まったのが明治4年からだったと言う、そのような年次の若さより、もっと根本的な事情がある筈である。
 明治維新政府が大きく分裂した明治7年から士族屯田兵制度を布いたのは、七年前「官軍」の主力となった西部諸藩から新たな内乱が起るのに備える一石二鳥の妙策であった。
ところが西南戦争後、土地と民権のための自由民権闘争の方に到る大波が明治政府を根底から揺さぶった革命期に当たって、士族屯田兵は急速に進行している。
 同時にその頃から、旭川を目標とする道路計画が鋭意強行された事を忘れてはならない。
そしてこの道路開発の重労働が専ら「懲役」と当時呼ばれた囚人労働によって行れた事を忘れてはならないのだ。
最後にこれらソラチの囚人の大部分が、内地全土の殺人強盗の最凶悪犯と内地全土の自由民権運動の最精鋭政治犯から成っていた事を忘れてはならないだろう。 
 自由民権の大衆運動が国会開設請願の形で出発した第一年目の明治十二年、岩倉右大臣は全ての官有の山林、鉄道、製造所を皇室財産に収め、陸海軍全部を皇室財産で賄う事を主張している。
 私は思うが、明治十四年の巡幸は「東北御巡幸」と称せられて、河野磐州が指導する東北自由党の全地帯を、各地町村の「豪農巨商」を「御小休所」に指定しながら練って行くのだが、その秘められた目的が終点の北海道にあったのだろうと言う一点は、今度初めて気が付いた事だ。 
 懲役と屯田兵による旭川方面の開拓は進行する。将来ここに皇居を移すと声明して、旭川の高台に離宮予定地を設定したのは明治22年、皇居を置くからには、皇室の藩屏もここに土地を持つべきであると華族に呼びかけて、官有地から目ぼしい所を払下げた。
屯田兵の資格を士族から一般農民に広げたのは明治23年の事だ。
 皇居は移らなかったが、北海道中最も保守的な都市旭川が、こうして生まれた。
旭川の明治史は、そのまま北海道の明治史である。
 札幌に残る古典アメリカの「大望」の文化は、ここ旭川の明治の支柱に阻まれ、酷使され、やがて秘かな民心となって、啄木や有島武郎等の悲劇を孕んで行くのだ。
 私は余りに多くの昔を語り過ぎだろうか? 「歴史マニア」と呼び、皆で笑って結構だ。
 北海道の晩秋から初冬の、あの深い落着きが在るのはその歴史のためであるに違いない。 北海道の人心の前史と後史をはげしく分離したものは、終戦直後から2・1ストにいたる大嵐であった。一番深い思いとなっている。 
2・1スト迄とその後を背景に、朝鮮戦争と条約と破防法の現在史で、鋭く心の内に現像されているのだ。 茶志内から私は小樽、ついで余市と一泊したのだが、小樽も余市も決して進歩的な性格の土地ではなく、それにはそれの長い歴史が伴っている。
余市では私は学ぶ時間をゆっくりと持った。
「秋味・鮭の旬」の味を何時までも私は忘れられない。
 五稜廓に立つ感情は、時期を遅らせただけの深さはあった。  良くも悪しくも「占領日本」から出発している今日の「独立日本」である我らの国、その「危機」は北海道に局限されているのではない。
それはどの内地にいても自明の事なのに、今ここ五稜廓に立って眺望する時に無量の感を呼ぶ。
 ここ五稜廓に凝集される蝦夷地の過去は、明治政府に封土を奪われた徳川遺臣たちの共和国宣言となって濃い印象を残している。
 五稜廓はそもそもロシアの侵略を怖れて、幕府が築いたものであり、いわんや日本国土上最初の共和声明の記念の場所となるなぞとは、誰が予測したであろう。
五稜廓に凝集される徳川の過去も、旭川に集約された明治の既往も、この麗しい光景の中に何時か消し飛んで、郷土の想念を、この麗しい光景の中に、私はほしいままにする。
                    (了)

2019/04/17(水) 作業中
               初の訪問 1
 
生れて初めて北海道に出かけた。その間にきっと初雪がある、との友人の注意で冬仕度をして出かけたら、あちらの人々はまだみんな合着で、北海道の地をマフラー姿で歩いた最初の人間が、私と言う事になった。
だが初雪は、私が旭川にいる十月二十五日の夜全道に降った。  初雪を予見して、冬仕度を勧めてくれた友人の先見の明に、私は心から敬意を表したのだが「危険地帯」北海道の三十八度線化を予想する手合いの先見について、何と評したものか?
 私は次に函館に寄った。戦災を一つも受けていない日本の都市をそこに見出した、という解釈が付いて自ら納得するまで、しばらくの間私は困惑した。
北海道の年寄りは今もって、開拓史時代の「内地」という言葉を、海峡のこちらに対して使っている。
アイヌから区別する場合日本人の事を「ワジン」と自分で呼んでいるのと同じ性質の古さである。
 そして鉄道開通八十年記念切符で初めて渡道した人と言う「内地人」が、過去半世紀に亘って馴染んで来た内地の大都市=アメリカの好意で残されたという京都と奈良を除いてはもう何処にも見る事の出来ないその面影を、ありありとこの北海道の玄関口で迎え見る事が出来たのである。
考えてみれば、あながちこれは錯覚とのみ言い捨てる事は出来ない様だ。函館は私の旅程の最後に充てられているために、電車に乗って窓から見棄てる函館平野の風景は、農家の佇まいと言い、耕地整理の行届き不行届きの村といい、東北のあちこちと殆ど変る所はない。
 駒ヶ岳を巡る未開墾の火山灰地帯と大沼の風光を突き抜けて、噴火湾岸の森から長万部まで、差し向き熱海から藤沢までの天地自然の夕まぐれを、同じく東北風の貧寒たる人事風物が点在している。
後で聞いた話だが、かつてこの沿岸を賑わした海の幸、イワシもニシンも、昭和初年以来あまり寄り付かなくなった。
 松前方面を入れたこの「道南」一帯は、徳川時代からの旧い植民地帯である。人文地理上東北と同じ地帯に入れ易いのだろう。
 さて札幌となれば事が変わる。この石狩平野は、小説『石狩川』が繰り広げている様な光景で、太政官政府の開拓使時代に拓かれた土地だ。内地のどの家庭でも、北海道に一人二人の知人を持たない家はないだろう。
 ここは日清戦争で台湾を取った日までの、唯一の植民地北海道の中間点であった。日本中の隅々からはじき出された人々が、開拓使長官黒田清隆のタクト棒の間に間に、それぞれの運命を自ら開拓して行った首府なのだ。
移住者に肌着の様に付き纏っていた方言や風俗の一切が相互に中和され、東京が江戸を殺して中性的な東京語を作ったのよりもっと手早いテンポで、東京弁と区別のつかない今の道弁を作って行った都市である。
 大碁盤縞の都市計画は、島義勇と言う人物が京都に倣って墨を引いたと言われるものだが、札幌に住む人で京都を思い浮かべる人が何処にいるだろうか。              
                     (続)

2019/04/16(火)
           夜釣り

 私の祖父は釣りが好きで、よく、王子にある時計屋の主人や、北千住の居酒屋の主人などと一緒に釣りに行きました。
これもその居酒屋の主人と、夜釣りに行った時の事です。
 川があって、土堤が二、三ヶ所、処々崩れているそうです。 そこへ陣取りまして、五〜六十m離れた処に、その居酒屋の主人がいる。矢張り同じ様に釣棹を沢山置いて、簡易ランプを点けていたそうです。
祖父が釣りをしていると、川の音が急にガバガバとしたんです。それから、何だろうかと思っていると、居酒屋の主人が、釣棹を悉く皆すっかり纏めて、祖父の背後へやって来たそうです。それで
「もう早く帰ろう。」
と言うんだそうです。
「今漸く釣れて来たものを、これから? 帰るのは惜しいじゃないか。」
と言ったが、何度も帰ろうと言うものですから、自分も仕方なく一緒に帰って来たそうです。 途中で、
「何、一体どうしたんだ。」
と聞いたが、どうしても話さなかったそうです。
そのうち千住の大通りへ出ました。千住の通りへ出て来てから、急に周囲が明るくなったものですから、初めてその主人が話し出したそうです。
「釣りをしていると、水底から、ずっと深く、朧ろに一mほどの大きさの顔が見えて、馬の様な顔でもあり、女の様な顔でもあった。」
と言うのです。
それでも、気味が悪いなと思いながら依然釣りを続けていると、それが、一度消えてなくなってしまって、今度は判然と水の上へ現われたそうです。 それが、その妙な口を開いて笑ったそうです。余程気味が悪かったのでしょう。 それから、その釣棹の中で一番太い棹で、その水の中をガバガバと掻き廻したんだそうです。 その音がつまり、私の祖父の耳に聞えた音です。
それから、その居酒屋の主人は、祖父の処へ迎えに来たんです。
 家へ帰ってからその主人は、三ヶ月ほど患いました。そしてそのまま回復する事なく、死んでしまいました。 夜釣りに行く位だからそう憶病者ではなかったのです。水の中も掻き廻す位、気が強いのですが、千住へ出るまでは怖くって口も利けなかったと言っていたそうです。
 それ以後、私の祖父は釣りを止めました。大変好きだったのですが止めてしまいました。
                    (了)

2019/04/15(月) 市議選挙ポスター掲示板
          止まる息の中 2 

私はこの洞穴の様な空虚な雰囲気に堪えられなくなった。そして追い立てられる様に椅子から立つと彼に近寄って、ちょうど持ち合せた鏡を取り出すとよく検死医がする様にそれを口元に近付けて見たが、矢張り鏡は曇らない、彼は完全に呼吸をしていないのだ。
私は押し戻されるように椅子に帰って腰を掛け直した。 4時。もう20分も経った。その瞬間不吉な想像が後頭部に激しい痛みを残して通り過ぎた。彼は自殺したのではないか、日頃変り者で通っている彼の事だ、
自殺するに事欠いて、親しい友人の私の面前で一生に一度の大きな芝居を企図しながら死んで行こうとしているのではないだろうか。
死の道程を見つめている。そんな不吉な幻が私に軽い眩暈を感じさせた。
彼の顔は不自然に歪んで来た、歪んだ頬は引きつけた様に震えた。私は自分を落ち付ける為に勢一杯の努力をした、しかし遂にこの重苦しい雰囲気の重圧に耐えられなくなってしまった。
 そうして、死の痙攣、断末魔の苦悶、そんな妙な形容詞が脳裏に浮んだ瞬間私は腰掛けていた椅子をはねのけて彼を抱き起し、力一杯揺すぶって目を覚まさせ様と大声で矢島の名を呼んでいたのだった。 私のこの狂人じみた動作が効を奏してか、彼の青白い顔には次第に血の気が現われて来た。しかしそうしてから少し後、口がきける様になると直ぐ干からびた声で、
『駄目だなぁ君は、今やっと最後の快感に入り始めた所なのに。』
そう言って力のない瞳で私を見詰めるのだった。けれど私は矢島にそう言われながらも何となく安心した様な気持になって、彼の言葉を淡く聞いていたのだった。 私はあの息を止めるという不可能な実験の後、私の好奇心は急に矢島に興味を覚えて、暇を見ては彼の家に遊びに行くのが何時からとなく例になって行った。ところがある日、何時もの通り矢島を訪れると、又彼が不可思議な『息を止める』事をしている所に行き合った。
今見た彼の様子はいかにも幸福そうな、物静かな寝顔だった、この前は初めての事なので無意識の不安が彼の顔に死の連想を見せたのかも知れない。
私はこの前の様に慌てて起して機嫌を悪くされてもつまらないから、そっとそのままにして見ていると、しばらくして彼は目を覚ました。 そうして20分も息を止めている間の奇怪な幻覚を話してくれたのである。
それがどんな妖しい話だったか。
『僕が息を止めている間に様々な幻の世界を彷徨すると言うとさも大嘘の様に思うだろうがまあ聞いてくれ。 例えばこの「息を止める」と言う事に一番近い状態は外界からの一切の刺激を断った「眠り」と言う状態だ、この不可思議な状態は全ての人々が多く経験するので、それについて少しでも深く考えないのは随分軽卒だとi言う事が出来る、君、この「眠り」の中にどんな知られぬ世界が蠢いている事か、そして又君はしばしば寝ている間にどうしても解けなかった試験問題の解答を得たり、あるいは素晴らしい小説のヒントを思いついたりして、所謂霊感を感じるという様な事を聞いたり、あるいは君自身も経験した事があると思う。それというのも皆この異次元以上の空間を経験して来たに過ぎないのだ。
ところが君、この「眠り」にも未だ現世との連絡がある、それは呼吸だ、それがある為に人々はまだ幻の世界に遊ぶ事が出来ないんだ。
僕はその唯一の連絡を切断してしまったのだ。
 人は皆胎児の間に一度は必ずこれ等の幻の世界に遊び、そうしてその途上に何か収穫の有ったものが生を受けてからこの現実の世界に於て学者となり、芸術家となり、又は犯罪者となるんだ。
幻の世界は一つではない、清澄な詩の国もあれば、陰惨な犯罪の国もある。昔、仏教は訓えた、次の世界に極楽と地獄が有る事を、それを思い合わせて見ると、この地獄極楽を訓えた者もあるいは僕の様にこの幻の世界の彷徨者だったかも知れないんだ』
               (了)

2019/04/14(日) 湘南接骨院
              止まる息の中 1 

無くて七癖と言う様に誰でも癖は持っている物だが、友人の矢島の癖は一風変っていた。それは貴方に話しても恐らく信じてはくれないだろうと思うが、それは『息を止める』という事なのである。それは癖と言うよりも、一芸に近かった。
私も始め友人から聞いた時には冗談かと思って信じなかったが、たまに彼の家に遊びに行った時に笑いながら訊いてみると、彼は頗る真面目にそれを肯定するのだ。
私も不思議に思ってどうしてそんな事をするのかと聞いてみたが、彼は首を振るばかりで中々話してくれなかった。
 しかし話してくれないと尚聞きたくなる物だし、又あまり変な事なので好奇心に駆られた私は何処までも五月蠅く追求したので、矢島もとうとう笑いながら話してくれた。
『その話は、誰でも五月蠅く聞くんだ、その癖皆な途中でバカらしいと笑ってしまうんだ。
で、僕もあまり話したくないんだ。まあ話を聞くよりは自分で一寸と息を止めてみたまえ、始めの20〜30秒は何でもないかも知れないが、しまいになるとこめかみの辺の脈の動きが頭の芯まで響いて来る。
胸の中は空っぽになってワクワクと込み上げる様になる、遂に、たまらなくなって、ハァーと大きく息を吸うと、胸の中の汚いものがすっかり吐き出された様に清清しい気持ちになって、虐げられていた心臓は嬉しそうに生れ変った様な新しい力でドキンドキンと動き出す。 僕はその胸のワクワクする快感がたまらなく好きなんだ。
ハアーと大きく息を吸う時の気持ち、快い心臓の響き。僕はこれ等の快感を味わう為には何物も惜しくないと思っている』
 矢島はそう言って、この妙な話を私が真面目に聞いているかどうか確かめる様に、私の顔を見てから又話を続けた。
『しかし、近頃一つ心配な事が起って来たんだ、よく阿片中毒者、いや、そんな例を取らなくてもいい、煙草を吸う人でも酒飲みでも、それ等の人が始めのうちはこんなものか、と思ってそれを続けて行くうちには何時しかそれが恍惚の夢に変わる、こう習慣になって来ると今度はその量を増さなければ満足しなくなる。
馥郁たる幻を追う事が出来なくなる。それと同じに僕も最初のうちは40〜50秒から1分もすると全身がウズウズして言い知れぬ快感に身を悶えた物なのに、それがこの頃は5分になり、10分になり、今では15分以上も息を止めていても平気なんだ、だけど僕は少しも恐れていない、この素晴らしい快感の為には僕の命位は余りに小さいものだ、それに海女さん等も矢張り必要上の練習から、随分長く海に潜っていられるということも聞いているからね、海女と言えばどうして彼女等はあの戦慄的な作業に満足しているのだろう、
僕は矢張りあの舟べりにもたれて大きく息する時の快感が潜在的にある為だと思うね』
矢島はそう言って又私の顔を覗く様にして笑った。しかし私はまだそれが信じられなかった、息を止めてその快感を味わう! 
 私はそれがとてつもない大嘘の様に思われたり、本当かも知れないと言う気もした、その上15分以上も息を止めて平気だと言うのだから。 矢島は私の信じられないでいる様子を見てか、子供にでも言う様に、私の顔を見て
『君は嘘だと思うんだね、そりゃ誰だってすぐには信じられないだろうさ。嘘か本当か今ここで実験して見ようじゃないか』
 私はボンヤリしていたが矢島はそんなことにお構いなく、
『さあ、時計でも見ててくれ』
そう言うと彼は椅子深々と腰を掛け直した。彼がそう無造作にして来ると、私にも又持前の好奇心が動き始めた。『ちょっと、今4時38分だからもう2分経って、きっちり40分からにしよう』 と言うと矢島は相変らず無造作に
『ウン』と軽く言ったきり目をつぶっている、そうなると私の好奇心はもう押え切れなくなった。『ようし、40分だ』 
私は胸を躍らせながら言った、矢島はそれと同時に大きく息を吸い込んで、悪戯っ子の様に眼をパチパチして見せた。 私は15分間経って、やや不安になって来た、耐えられない沈黙と重苦しい雰囲気が部屋一杯に覆いかかっている、墓石の様な顔色をした彼の額には青黒い静脈が虫の様にうねって、高く突き出た頬骨の下の青白い窪みには死の影が浮遊して来ている。
                (続)

2019/04/13(土) そば・ランチ
升源亭

2019/04/12(金) パレット置場
              生きて行く自由

 部屋の窓を開け放ち空を見る。そのまま何もする事がなく、こうしてもう何時間も机の前に座っている。私の部屋では、その開け放した窓の所が一番明るいのだ。
 いつも同じ様な事を考えている。産まれて来てしまったから生きている。
誰もが、科学とか文明とか言ってしたり顔に生きているからと言っても、特別人間が偉く出来ているわけではない。
霊長類だとか何だとか威張っている方が、ちゃんちゃらおかしくて、おととい来やがれってなもんだろう。
本能的に取る行動なんてものは、この世に生息する動物がやらかす行動には見出せない何て事はありゃしないのだと思う。
 生きる事、生命を保って行く事、こいつは共通した欲望のために生きているに過ぎない。
この原則に外れる行動なんてありゃしないし、また取れるものでもないだろう。
 人間生きている限り、常に頭の中に自由な幻想を持ち、その幻想の中を泳いで行かなければ生きて行けないのかも知れない。自由に生きようとする事、生の躍動を束縛されない行動を選択する事、そこにこそ自由が生まれるものだろう。
その行動を選択する意志こそが自由であり、自由意志と呼ばれるものだろう。
自由意志というのは、選択すると言う行動の持続を言い、持続させて行く事自体を現わすのだろう。
その自由とは行動の多様性を言うのであり、制限された行動は制限された分の自由しか生み出せない。やはり、生きて行くと言う事は制限されたものの中でウロチョロしているだけの事かも知れないし、生きると言う事の裏には解決出来ない不可能と言うものが潜んでいるだろう。
 この世の中に生活して行く上で、日常の生活上で、無闇に好き嫌いをしてあれがいい、これがいい、あれはいけない、これはやってはいけない、といった社会的慣習の色メガネをかけたものの見方に成りがちだが、それは一方の方向から視線を向けた、カラクリ芝居に過ぎない。
一方向から視線を向ける事に依ってなされる行動は即ち、日常生活のマンネリ化に慣れ、それの影響と保護によって生きている大根役者に過ぎないだろう。
                         (了)

2019/04/11(木) デニーズ・募集
            孤独 2

「でも、十年二十年もの間には同じ人に逢っているかも知れないんじゃないですか?」
 「あるいはそうかも知れません、しかしあの人はこの前何処何処で見た人だ、と思い出す事が出来ますか、けれどこれが田舎など、人の少ない所では一週間も滞在すれば顔見知りの人が幾らでも出来る事を考えると、これは都会と言うものの持つ恐怖だという事が出来ますね。」 
「では、私があなたと(あなたも毎日の様にここに来られる様ですが)繁々と店に通い、会うというのは、何か特別な理由があるんですかねえ。」 
「ええ、そうです。私はあなたに感謝しているのです。街や道に満ち溢れた見知らぬ顔の中に、期せずして毎日あなたと逢うと言う事は、非常に心強く思えるのです。」 
原田は、そう言ってタバコを出すと無理に洋一郎に薦めるのだった。
そして続けて
「あなたは友人を訪れた時、若しその友人が残念ながら不在であった、としたら、非常にガッカリした、空虚な気持になるだろうと思います。心弱い私には、この見知らぬ顔に取巻かれた気持ちが堪えられないのです。」
 洋一郎はマッチを取ってパッと擦って火をつけた。原田はそれを見ながら、突然、 
「ところが、僕はその気持が大好きなんで」 
「?」
洋一郎は原田が急にぞんざいな言葉で、変な事を言うので吸いかけたタバコを、思わず口から離した。 原田はビクッとする様に狼狽して、 
「いやいや、騒然たる中の空虚、頗る多数いる人ごみの中にこそ本当の孤独があるのです。ちょうど紺碧の空の下にのみ漆黒な影があるように……。」 
だが、洋一郎は、もう答える事が出来なかった。あの貰ったタバコを一口吸った時から、心臓が咽喉につかえ、体は押し潰される様にテーブルの上に前のめって、あたりは薄く霞み、例え様もない苦痛が、全身に激しいカッタルさを撒き散らしながら駈け廻った。
 そうして薄れ行く意識の中に、原田の毒々しい言葉を聞いた。 
「さようなら。私は孤独を愛するのです。それを愛するばかりに、乱されたくないばかりに、あなたに消えて貰うのです。孤独は全てに忘れられ、全てに歪められた私に、たった一つ残された慰めです。それを荒らされたくはないのです。」
 さようなら。               
                   (了)

2019/04/10(水) ラーメン一風堂
             孤独 1
 
 洋一郎は、横浜駅の裏通りにある“ユリカゴ”という、小さい喫茶店が気に入って、何時からとなく、そこの常連みたいになっていた。と、言ってもわざわざ行く程でもないが、出歩くのが好きな洋一郎は、つい便利な横浜へ毎日の様に行き、行けば必ず“ユリカゴ”に寄るといった風であった。
“ユリカゴ”は小さい店だったが、中は皆ボックスばかりで、どのテーブルも真黒なドッシリとした物であり、又客の少ない為でもあろうか、幾ら長くいても、少しも厭な顔をされないで済むのが、殊更、気に入ってしまったのだ。
 何故なら洋一郎は、その片隅のボックスでコーヒーを啜りながら、色々と他愛もない幻想に耽ける事が、その気分が、たまらなく好きだったからであった。そうして何時か黄昏の迫った慌しい街に出ると、周囲のでかでかした派手なネオンサインの中に“ユリカゴ”と淡く浮く小っぽけなネオンを、いじらしくさえ思うのだった。
 そうして今日まで通う内に洋一郎は図らずも今この“ユリカゴ”の中で、一人の見知らぬ男に話しかけられた。その男は洋一郎よりも古くからの常連らしく、そういえば彼が初めてここに来た時に、既に何処かのボックスで、一人ぽつねんと何か考え事をしていたこの男の姿が、眼の底に浮ぶのであった。
 その男、原田と自分で言っていた、は、人より無口な洋一郎にとっては随分雄弁に色々と話しかけて、洋一郎自身ちょっと気味悪くさえ思えた。 しかし、洋一郎はこの男の話を聞いて行く中に、それが何故であるかが、段々解って行くように思われた。
(この男、何事にも懐疑的だな……)
 如何にもこの男の話は妙な話であった。それでいて洋一郎には、一概に笑ってしまえない、胸に沁み透る何かがあった。 
「あなたもよくこの店へ来られる様ですが、その途中で何時も同じ人に会うことがありますか。」
原田と言うこの男は、そんな風に話しかけた。 
「さあ、そう言えばない様ですね。」 
「そうでしょう、私にはそれが、非常に妙な気持ちを起させるのです。毎日毎日、街中で、あるいは電車の中で、バスの中で、この大きな都会ですから、何千何万という大勢の人を見るでしょうが、それは唯その瞬間だけなのです。もう次の瞬間には皆再び私の眼に触れない何処かへ消え失せてしまうのです。」
              (続)
 

2019/04/09(火) 北口案内
             北海道の地に

 雪が降ると巷の音が静かになる。私はそれが好きだ。ことに夜が良い。窓硝子に静かに止ろうとする粉雪が電灯の光にキラキラと煌めいて暖炉の火だけが微かに動いている。お茶など飲みながら、背もたれの椅子に凭れかかって、煤け切った天井を眺めていると、いつの間にか夜は更けてしまう。
そんな時は心が静まって、何事にも替え難く好きである。遠くもない駅を出て行くらしい電車の走る音が、何のこだまもなしに遠い遠い感じで消え急ぐと、あとは虚ろで、人の心を内側の深い所で孤独の果てに引き入れる。 北海道の冬には何か流刑地を思わせる強い力がある。平素は紛れているから気が付かないのだが、静けさが支配する暗さの中で、遠い望郷の念が動き始める。
言って見ればそれは激しい光線が反射し合う南の国への憧れである。超現実の光と線とのあやなす、それが深く官能的な絢爛無比な世界への誘ないである。それが余りに強いので自分が縛られた人間である事を思う。
謂わば余りに光線が少なく、余りに薄明が支配する、清く澄みきった静謐の周囲に堪えられなくなるのである。 時に私は薄く汚く濁った、人の気で蒸れる様な場所を強く求める。ジメジメとして陰鬱の深い、物の臭いのたなびく場所をひどく求める。人恋しいのである。
 札幌の街は乾いている。陰鬱は極めて少なく、ひどく明るい。その明るさは清く澄んでいて、人気からは遠い。 雲が厚い壁を作って、暗い翳を宿しながら、銀色に輝く綿毛の繊細さを持って流れて行く間から、覗いた青空の明るく澄んだ色は、東京や大阪や九州には見る事の出来ないものだ。
清く仄かで、人間の気を全く感じさせない。それは神秘に通じ、人を限りなく孤独にする。清潔であるが真空のように冷酷である。何か、宇宙自体を直に覗かせる様な気がする。 私達の文化は、過去には北緯三十度圏の亜熱帯風の世界に作られた。そこではそよ吹く風も人の息吹の様に、春の暖気も人肌を思わせた。もちろん土壌に密着した農業生産以外の所に立った社会などなかったのだから、人々は土地の湿気の中に半ば陶酔しながら、官能を通してばかりの世界を感じていた。
 人と自然とは共存していたが対立はしていなかった。木にも草にも精霊が宿っていて、少しもおかしくはなかった。その精霊から人間の子孫が出て来てもおかしくはなかった。 北緯四十度圏の北海道では自然は人に対立する。人が人らしい環境に生きようとすれば、人は人工的に自然に対して立たなければならない。家一つ建ててても、都会一つを作っても、全てそうである。ここの自然はひたすらに激しい。
その明るさは冷たくて真空である。我々はここでは突き詰めた人生の考え方に追いやられる。                  
天国と地獄とがここでは対立する。神秘と汚辱が、清澄と醜悪とが、神と悪魔とが、智恵と肉慾とが、柔和と冷酷とが対立する。それは、旧日本にはあり得なかった精神の生長の地盤である。
 北緯四十度圏の北海道の自然の見た目が、本州や九州やと違うだけではない。そこでは自然と人間との関係が違っている事を身に沁みて感じないではいられない。つまりそれは数千年の間にアルプスの北側にヨーロッパ文化を育成して行った、あの北緯四十度圏と著しい類似を持った自然である。
そこでは人間は考える葦となって、天につながろうとし、肉感に塗れて、地上に人工の花を開く。北海道にもそう言った人間の野望が生まれて良いではないか。三十度圏の日本を真似てはならない。 
新しい官能や感覚の歌だけでなく、新しい実存の歌、新しい思惟の歌、新しく神秘に繋がる歌は、北海道から生まれる可能性があると、大変はっきりしているように思う。
                (了)

2019/04/08(月) ブランチ2・完成まで
               荷物

 生きて行く上で背負わされているこの重い荷物の中身は一体何なのだ。
私の生はこの世の中で一体全体何なのか。単なる児戯ではないのだろうか。
 お釈迦様の掌の上を飛んでいた孫悟空の様なものではないだろうか。
本棚に並んだ書物と書物の間を、そして形式と形式の間を、観念と観念との間を、それらのほんの僅かな間を飛んでいるに過ぎないのではないのだろうか。
お釈迦様の掌の上を少しの間飛んでいたに過ぎないのに、何万キロも冒険していたかの様に得意になっている孫悟空に過ぎないのではなかったのか。
 私には財産もない、地位もない、世渡りの才もない、世の中に向って大胆に、厚顔を持って打って出るだけの勇気など持っていない。
が、その様なグータラな私でも、生きる権利がある筈だ。グータラはグータラなりに生きる事こそが自由に生きると言う事ではないだろうか。
 暮らして行く社会の中で、グータラな生である私にとって、この社会の仕組みはどうなっているのだろうか。
この宇宙はどんな法則で出来ているのだろうか。私はこの宇宙の中でどう在って、存在世界でどう生きるべきだろうか。
 永遠とは自由な時間の総称だとか、思考する事によって求められる自由は、正確・完全・不変の方向へ進み、魂が求める自由は、生気・刺激・変化の鮮やかさの方向へ向うものだと言う。
 生きるとは諸々の自由を行使する事だとか、自由はあらゆる色彩をシェイクした無色透明になったものだなどと、退屈紛れに考え、本来のなすべきことを忘れて尚も、グータラグータラしているうちに、ハイおしまいですよ、てな毎日を送っているばかりだ。
                         (了)

2019/04/07(日) 分譲中
           現代に生きる

 現代の進歩主義は「進歩と言う幻覚をジェット燃料にして飛んでいる飛行機の様なもので、幻覚を失ったら一挙に墜落してしまう。」
と過去に述べた人がいる。その点から考えると、現代社会が常に新しさを求めてヒステリックに動き続けようとする事への歯止めは、人間の生来変わらない本性にいかに気づけるか、と言う事に尽きる。
 現在手元にある資源や情報・組織等のうちから良好に作用しているものだけを残して行き、新たな変化や革新には出来るだけ慎重に対処しつつ、望ましいパターンだけを組み直して行くと言う「後方志向の取捨選択」を選ぼうともしつつある。
 現代世界の諸国家は、大小、強弱の差はあっても、資本主義や社会主義と言う制度の違いを超えて、全て利権的政治屋に掌握されてしまっている。特に日本では、普通ならはっきりと見分けがつく犯罪人が権力の中枢を占めている。
 年々増設される大学では普通の人間から牙を抜き、自己を懐疑する回路を喪失させるための教育が為され、また巨大化したマス・コミは政治や社会を欺瞞で装飾する役割を果たしつつ、普通の人間を操るための解毒剤を振り撒いている。
 人にはそれぞれ個人の生き方があるが、この現代の中で人間らしく生きるには、権力から可能な限り距離を置いた地点で、権力に背を向けた生活をするのが一番だと思っている。
体系を好むアカデミシャンにはまったく不向きだろうし、拝金主義や金権主義の輩において権力は栄養物であり、なくてはならないものだろう。
その様なものに一切背を向けて、真に人間らしく生きたい、と私個人は思っているのである。
                  (了)

2019/04/06(土) ケーキ
コージーコーナー

2019/04/05(金) 企業専用バス停
             中途半端な生

 中途半端でこれといった事もない日々を送っている生半可な私。何事につけ徹底した所のない私だ。迷いの多い人間だ。フラリフラリした私だ。
こんな下らない愚痴を飽きもせず、同じ事を繰り返している私だ。まるでマスターベーションだ。愚痴である、何たる事だ。
この世の中をただグータラな生活を愚痴らずには生きられない不甲斐ない、自分に呵責される。何という馬鹿な事だ。支離滅裂な、混沌とした人間だ。
 一瞬一瞬更新されて行く絶え間のない生成の中に、内部に死を含んだ生を、何と無駄に過ごしている私である事か。生きると言う事を願う事は自由であり、不可能な事を期待し、不可能であるために更に生を追う。その事自体が生きる事であり、自由を追求する事だと、全く、頭では解っている。
が、空論を相棒にしてヨタに支配されている薄弱な私だ。
 懐疑する事が日々の糧に成り、生に、自由に、誘惑を感じる事が出来るのだろう。
赤ン坊の様に無物で、恥をかきかき生きよう。日々の生活に猪突猛進する事が必要なのだ。
生に向かって、何物にも左右されない自由な、純粋な生を生きるのだ。
 私の弱みの上に建設された日々の生活は、明らかに不合理な物である。不合理な生活をこのまま続けていては、やがては何もかもが不可能になってしまうだろう。
 日が経って行くのが恐ろしい様な気がする。ヨタに生きているのが恐ろしくなって来る。生きる事、自由と言う符牒のためにする創造的欲望にかられた遊びであり、合目的な目的であり、真実であり、高貴であり美徳であり、悪徳でもあり、必然性に従う事になるだろう。
 つまり、宇宙の物一切自己の生存を享楽させるために存在していると考えられる。個の自由、そこに自身を置かないといけない。がしかし、そこが何処でどの様な所かと問われても、ヨタな私には答える事が出来ない。
 凡人である私は、あちらへフラリ、こちらへフラリと、自分の身の置き所も決めかねている昨今だ。
 本当の事を言えば、生きるとか、飢える事とか、自由とか、個と言うのは、何の意味もない。また、人生数十年、要するに生の欲求の塊だ。肉体の、精神の溌剌清新たる生の所以だ。
                   (了)

2019/04/04(木) 果物
        時「将来・未来」 4

 これは、将来が又「未来」とも呼ばれ、その場合呼称その物に於いて既に非存在が表現されている事実に似通っていても、人々の傾き易い、ややもすれば最も自然的に見える解釈である。しかしながら立入って精細に観察すれば、この解釈は誤っている。
 今体験について語る所に耳を傾けるならば、時にとって、現在に於ける「将来」の契機に主体が待ち、迎えるのは無や非存在でなく、又非存在より来る存在でさえも無く、単純に存在である。非存在へと去った存在(現在)を補うべく新しい存在(現在)が来るのだ。
 存在を迎える働きその物は、主体にとっては、その本来の自己主張(自己の存在の保存及び拡張)の基本的傾向に背進するどころか、寧ろその傾向の最も自然的な発現である。
その限りでは、寧ろ喜びの体験と言うべきだろう。その限り、そこには無の契機は全く見出されない。そのため、将来を無造作に「未来」と呼び替えるのは、それの根源的性格を理解しようとする上からは、適当であるとは言い難い。
過去と結び付けそこから始めてそれの意義を解釈する事に依って、始めて将来は未来となる。即ち「未来」は「将来」に対して寧ろ派生的観念である。
 将来が未来となり来るものが、無からやって来る物になるには、現在即ち存在が絶えず流れ去り同じ現在として止まることが無いからである。
何物かがそれへと向い来る現在は、その何物かが、それに来たり着く現在とは異なっているのだ。
一つの今へと向う物は他の今に到着しなければならない。更に言い換えれば、過去が有る為に、現在はそれに向って来る将来に何時までも出合い得ず去って行くのである。
 将来を未来にする無の契機は将来その物に本来具わるのでなく、過去が提供するのである。即ち、過去に於ける現在の流失と存在の喪失とを補うべき任務を有する限りに於いて、将来が未来になるに過ぎない。
その為に将来は必ずしも未来ではない。若し滅びはしない現在無くならない今――即ち永遠――が成立したと仮定すれば、そこで先ず姿を消すのは過去であるが、未来も過去と運命を共にしなければばならないだろう。
しかも、将来そこでも尚現在の維持者として依然としてその存在を続けるばかりか、むしろ滅びはしない存在の源として、新しい意義に輝くのである。
今日わが国の宗教・哲学界に於いては「将来」を無造作に「未来」と呼ぶ事が、殆ど流行と言ってもおかしくない状況にある。これは自省すべき、場合に依っては、断然改めるべき不穏当な習慣だと思う。
 「将来」と「未来」とが実質的に一致する場合に於いても、前者は単純で積極的な正面から見ての言い表わしであり、後者は裏に廻っての、主として事柄の含みを見ようとする派生的態度の所産である。
言語上の表現について見ても、「将来」は「来らん」「来たらば」などに依って代表される動詞の形――文法上「将然段」と呼ばれる形――に依って直接単純に言い表わされるが、「未来」を言い表わす為には何らかの副詞を附け加える事が必要になるのだ。
             (了)

2019/04/03(水) 喫煙所案内
        時「将来・未来」 3

 来るを迎える事に於いて将来は、又去って行く事を見送るに於いて過去は成立するとすれば、その来るは何処からであり、又その去るは何処へだろうか。
考察を厳密に体験の範囲に限定する限り等しく「無」又は「非存在」と答えなければならない様にも思われる。
 さて、将来は未だに有らずとのゆえを持って非存在と看做するには多分多くの異議を呼ぶ事はないだろうが、これに反して過去即ち既に有った物を単純に非存在への移行と同一視する事には力強い反対意見が起るだろう。
 人は先ず過去が囘想又は記憶の内容となって存在し又影響を及ぼすことを論拠として、それの非存在性を否定するのだろう。しかし、囘想の内容として主体の前に置かれるのは、実は反省に依って客体化された何物かであり、それの有り方は過去ではなく現在なのである。
回想は現に生きる主体の働きとして、それの内容は係る主体に対する客体として存在するのである。
 次に、人はこう言う問いを発するだろう。体験されるものは何等かの形に於いて有る物、従って「無」や「非存在」はそれ自らとしては体験され得ないものである以上、非存在への移り方も体験を超越する事柄でなければならず、かくては時の内部的構造に続する一契機として体験されると言う過去も、結局空想に過ぎないのだろうか。
 将来に関しても同じ論法が適用され得るとすれば、体験上の事柄としては結局現在のみが残るのではないかと思う。
さてこの異議に対して、我々は、無や非存在が単純にそれ自らとして体験されない事は、決してそれがどんな形に於いても体験されない事は意味しないと答えよう。
単純にそれとしての他より切離されたものとしての無や非存在は、実は反省によって客体化される意味内容である。
係る物としてそれは却ってむしろ一つの有であり一つの存在でもある。
 無を無としていた単純に選ぼうとする働きは、却ってそれを有として存在としてのみ手中に收め得る物である。
それにも拘らずそれが論理的矛盾や背理として葬り去られず、思惟され理解される意味内容として成立し得るのは、それが体験に基づき体験に源を発する事柄なのである。
体験はこの場合にもあらゆる論理的疑惑を打ち払うに足る。欠乏・空虚・消滅等全てが無を契機とする事柄の体験に於いて又それを通じて無は体験されるのである。
 時の体験に於いても同樣の事態が存在する。現在は将来より来るや否や直ちに無くなって行く。その様に有るもの存在するものが無くなる事に従って現在に於ける過去の体験こそ無を体験する事に外ならない。
即ち、時は生の存在の最も基本的な性格として、それの体験は無の体験の従ってそれらの思惟や理解が最も深く生きる泉なのである。
無くなる事の体験を反省に於いて処理する事に依って我々は、無そのものの思惟や理解へと進み得るのである。 過去とは無くなる事・非存在に陥る事であり、過去となった物は無き物で有ると言う真理を、体験が明白に教える所に従いつつ素直に承認することは、「時と永遠・未来」の問題の解決に向う途上で、実に基本的意義を有する極めて重要な第一歩である。
 等しく肝要なる第二歩は「将来」を正しく理解する事である。我々は先に、無き所より来る事を迎える事を将来の体験の本質とし、従って現在と区別される限りに於いて、将来を非存在とするとの考え方を一時的に一応許容したのである。
                     (続)

2019/04/02(火) えぼし駐車場
           時「将来・未来」 2

 時の根源的姿を見ようとする者は、一応係る表象を全く途中に置き棄て、根源的体験の世界に進み入らなければならない。
尤も体験の理解は反省に於いて行われなければならないので、その際反省の産物である客観的時間の姿は、我々の視野を遮り目的物を蔽い隱し、我々の作業を甚しく困難な物にする傾向がある。
兎も角体験的時間の真の姿を明らかにする事は我々にとって最も肝要な基本的課題である。         
 我々は、主体は、「現在」に於いて生きている。現に生きる即ち実在する主体にとっては「現在」と真実の存在とは同義語である。ならば体験される、即ち根源的な姿に於ける時は単に現在に尽きるのだろうか。
 もし人がややもすれば考え易い様に、又多くの先人が事実考えた様に、現在が延長をも内部的構造をも欠く一個の点に過ぎないならば、この帰結は避け難いだろう。
点は存在する他の何物かの限界としての意義しか有せずに、しかもこの場合現在に依って区画されるべき筈の「将来」も「過去」も実は存在していない以上、時は本質上全く虚無に等しくなければならないだろう。
 しかしながらその様な体験は、体験に於ける時を無視して客観的時間のみを眼中に置く誤った態度より来る誤った結論に過ぎないのである。時を空間的に表象することは、客観的時間の場合には避け難い事であり、従って現在を点として表象する事も許される事になり、又特に時を数量的に取扱おうとする場合には、避け難い事だろう。
時の真の理解に達する目的のある者にとっては、何よりも肝要な先決条件なのである。
 現在と言う物は決して単純な点に等しき物ではなく、一定の延長を有し又一定の内部的構造を具えている。
体験に於いては、時は一方現在に存するとも言い得るが、しかも他方において、その現在は過去と将来とを欠くべからざる契機として己の内部に包含する。
 現在は絶え間なく来り、絶え間なく去る。来るは「将来」からであり、去るは「過去」へである。将に来らんとする物が来れば即ち存在に達すればそれは現在であるが、その現在は成立するや否や直ちに非存在へと過ぎ去り行く。
この絶え間無き流動推移が時である。
この様に、将来も過去も現在を流動推移させる契機としてそれに内在する。ここでは生ずるのはいつも滅びるであり、来るは常に去る事である。動く生きると言うことが現在の、又従って時の、基本的性格である。
 時のある限り流動は続き従って現在はいつも現在であるが、これを解して時その物は不動の秩序乃至法則の様な物であり動くは単に内容のみと考えるのは誤りである。
内容に即して現在は絶えず更新されて行く。
 主体の生の充実・存在の所有として、現在は内容を離れて単独には成立ち得ない。むしろ内容に充ちた存在こそ現在なのである。内容と共に絶えず流れつつ、何時でも新しいのが現在である。
                           (続) 

2019/04/01(月) 県知事・議員候補者
         時「将来・未来」 1

 時と永遠の問題は、古今を通じて哲学及び宗教の最も重大な関心事に属する。それはまた最も困難な問題でもある。
この問題は哲学と宗教とが互いに敬意と理解とを持って相接近する事に依ってのみ解決されると言う事は、我々がかねてから信じている所でもある。
 外面的・方便的な利用や借用又は盲従や迎合などを意味する接近は、何時も行われがちな事ではあるが、双方の品位を損ね純潔を汚すものとして、出来るだけ遠ざけるべきだろう。
 使用した術語は今日の思想・哲学界における慣例に従い、異を立てる事は努めて避けたが、それらは通常に於いて同義語として使用されるが、今日の両学界に於いては、長い過去の歴史を有する習慣の惰性に依る物であろうが、計画や希望の様な積極的態度に対する場合にさえそれらの語を用いる傾向がある。
これは自ら省みるべきである。両者は少数の場合ながら実質に於いては必ずしも一致せず、一致する多数の場合に於いても、「将来」は単純に積極的事柄の根源的意義を言い現わす物として優先権を要求する。
来らんとしていて、しかも未だ来らんと言うのが「未来」である。それは派生的現象と言うべきである。
言語上の表現に徴するが、将来は簡単に動詞の一変化に依って言い現わされ得るが、「未来」の場合には副詞が特に添えられなければならない。 
「永遠」は種々の意味に於いて時乃至時間性を超越乃至、克服する何物かと考えられ得るゆえに、「時と永遠」の問題は種々の形に於いて多くの観点からも取扱われ得る。
 私は今これを宗教的哲学の観点から取扱おうと思う。これは歴史的伝統の圧倒的力に依って既に促される事でもあるが、又特に、「永遠」の観念が、宗教に於いて初めて本来の力と深みと豊富さとを発揮し得る事に依って実質的にも要求される。
 「永遠」は宗教に本来の郷土を有する観念である。この事に依って「時」乃至「時間性」の取扱い方も一定の方向を指し示される。
表象の内容をなすだけ、又は単なる客観的存在者として理論的認識の対象をなすだけの永遠は、宗教に於いては殆ど無用の長物である。
この事に応じて、我々の論は時乃至時間性に関してもそれの特殊の形に重点を置かねばならないのだろう。これは時と永遠との相互に密なる相関からして当然期待される事柄である。
即ち、我々は体験の世界に深く探り入って、我々自らその中に在り又生きる「時」、即ち生の「時間性」の本来の姿を見究めなければならない。
我々は日常生活に於いて既に、世界の全ての事物・存在及び動作を支配する一種の秩序の様な物として、又それに属する事に依って我々の認識が万人に共通な尺度と法則を得る物として、時を表象しながら理解出来る。
 しかしながら、その様な物は決して時の根源的姿ではない。それは、我々自らその中に在って生きる所のものを、我々の前に置き外の世界に投射して客体化したものであって、すでに反省の作用に依って著しく変貌を遂げた派生的形象である。
                (続)


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