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2007/10/19(金)
リンカーンと日本人
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暇なものだから、リンカーンのディベート集を読んでいるが、リンカーンはほんとに頭がいい。で、今日、気がついたのは、リンカーンのスピーチで、リンカーンは絶対にノーを言わないことである。ノーを言って、白黒はっきりつけることで、自分を窮地に追い込むことなく、表現を変えて否定的な自分の気持ちをいい、自分の発言に含みを持たせている。のちになって、何とでも解釈の違いを主張できるようになっている。で、こういう風にノーをはっきり言わないのは、伝統的?日本人に似ているかも、といったんは思ったのだが、やはり日本人とは決定的に違うような気がする。それは、日本人がノーを言わないのは、はっきり否定することで相手の気持ちを傷つけたくない、傷つけて、状況に角をたてることなく、まあるくおさめたい、と考えるからではなかっただろうか。(自分自身がだいぶ忘れてきた。。笑) ところが、リンカーンがノーを言わないのは、あくまでも自分を守るためである。自分が拠って立つ原理原則を貫くために、ノーを言わないという戦法をとっている。そう考えると、日本人にとっては自分が拠って立つ原理原則とは世間という状況だったんだろうな、と思う。そして、世間とやらが原理原則を持たなくなったらーつまり、校則を守るか守らないかは生徒の自由、といった言葉が聞かれるようになった社会ではー、もう何も守るものがなくなり、状況は腐るばかり、ということかも知れない。リンカーンが自分を守るためにノーを言わない、という部分を学んで、私も職場での自分の処し方がちょっとはわかったような気がする。(笑)そう、腐った黒人相手でははっきりノーを言ってきた。これからは。。。ああ、英語ができたらなあ。。勝負はこれからである。でも、絶対に自分は譲らない。自分をごまかさない。その気は身体から発せられて、必ず自分の周りの状況を変えるものになると信じている。変えるのは状況であり、自分は自分の原理原則を信じて勝つ。ほんとの意味で。
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