〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2010/07/20(火) 友達のブログから
私は、私のことをようく理解してくれてる友達に、ローナーlonerと呼ばれている。たぶんあたってるだろう。でも、自分の周りを見回すと、めったに出会わないような、かけがえのなく面白い、楽しい友達が多い。下記も、そんな友達、猟師の資格ももつアーチストの友達のブログから勝手にコピペである。こういうことを考える人を友達にもって、ほんとに感謝である。Oさん、勝手にコピペ、ごめんね。でも、あなたの苛立ちと深さを心から納得してます。。

食育ブームのお陰で、食事を頂くということが=命を頂くということであったり、生活に欠かせない革=命が確実に犠牲になっている、ということの認識が高くなって来た様で、命を奪う事から自分でやっている僕は助かっている。
でも、そのブームは頭の中で考えられた理想であったりして、血の臭いがしない。実際の現場では、僕ら、命を奪う側の涙と、将来きっと襲って来るだろうトラウマに満ちあふれている。

例えば鹿よけネットにかかった、こんな子鹿。でっかい角を持った巨大なオス鹿が「寄らば串刺しにすんゾ」と鼻息も荒く威嚇してきたなら、迷いもなく剣鉈を抜く事も可能だろう。それが、まったく抵抗も無く、見つめてくる、こんな子鹿を前にして、躊躇の無いヤツ、少なくとも僕のハンター友達には一人も居ない。ああ、不幸にして網にかかってしまったこの子の存在を知っているのが自分一人であったなら・・・と、どれだけ呪ったか。

泣き言が言いたいのでは無いけど、もっと現場の血の臭いを、特に制作者サイドが知るべきなんじゃないかな、とは思ってしまう。誰かのコピーみたいな服装にイッチョカミしただけで「俺スタイル」みたいな顔をして、誰かのコピーな革細工を一丁前な言葉を並べて売っている暇があったら・・・。もっと血の臭いを知れば、そんな下らないモノ、申し訳なくて作れなくなると思うのだけど。

制作者サイドだけじゃなくて、皆。食育という言葉だけでなく、血の臭い。ちょっと前に「ブタのいた教室」とかいう映画があって、賛否両論あったみたいで、僕は「出来ない子に無理にさせる必要無い」という意見で、要は反対派なんだけど、でも世の中を見ていると、皆の建前と現実とのギャップに慄然としてしまう。ヒトという動物の残虐さにゾっとする。子猫の救出劇なんかに涙する可憐な女の子の、肩にかかったポシェットに使われているハラコ(腹子=胎児の皮)を見て、目眩を覚えてしまう。

現在、兵庫県では増え過ぎた鹿を、知事の号令のもと、ともかく殺せということになっている。懸賞金やら報償金、ライバル心を煽る政策が沢山とられていて、関係行政から徐々に人の心が無くなって来ている。自己憐憫でいいから、そんな心を神様から頂いているイキモノとして、踏みとどまって欲しい・・・
僕は最近、「駆除なんて、本当に必要なの?」と、会う関係者毎に聞いて回っている。いまひとつ、納得いく答えが出て来ない。ちょっと前まで、行政は国をあげて「役に立たないブナを伐れ!杉やヒノキを植えろ!」といい続けて来て、それが正義になっていた。それは当時の国にとって必要なものだって、僕もその恩恵を必ずどこかで受けているので否定も責めもしない。でも、現在「鹿は殺せ」が正義になっている風潮に、同じ臭いを感じてしまう。現場の兵庫県のハンターの中には、僕だけじゃなくて、ゾッとしている人が出始めている事を知ってもらいたい。

各関連行政は、どうやったら大量に鹿を殺せるか、で競争になっている。その上で、鹿の焼却処分にはお金がかかるから(一頭数万円)、有効活用のアイディアすらも競争になっている。そんな折りだから僕のところにも鞣し関連で沢山の引き合いが来ている。僕はそれに手を貸す気は無いです。どうしてもというなら、大量駆除しなければならない理由を、僕が納得いく様に教えて下さい。どれだけ被害調査書を読んでも、どれだけの論文を読んでも、大量駆除しなければならない理由が分かりません。鹿は定着性が強いのだから「畑を荒らす」なら、その荒らす個体を駆除すればいいのでは?奥山に居る個体を駆除しても仕方ないのでは?特に都会に近い場所で、里近くの個体を駆除しないのは、里近くでは、農家の為にやっているのに、その農家自身に通報されて鉄砲が撃てないからでしょう?殺した鹿を、里近くではさすがに放置出来ないからでしょう?でも行政も猟友会も結果を出すことを負わされているから・・・。誰のため?住人のため。

有効活用といっても、人間のため、自分のためなんですよね。僕が鹿だったら、自分の死体を、切り刻んでアクセサリーになんてして欲しくないと思う。だから鹿のために全てのパーツを使い切るのでは無く、自分のため。自分で解体してみたら分かるけど、ラコタ族だってバッファローのパーツをすべて使い切っていたのは、捨てる部分を増やすと熊や狼やコヨーテを集めたり、色々と弊害が出たからだと思う。だから必要以上は獲らなかった。叡智なんかじゃない。そんなの、インディアンの叡智関連に多い、後からの虚飾だと思う。外国との交易によって、すべてが狂った。西洋の大人口の趣向を支えるため、数々の動物を絶滅の縁に追いやった。もし叡智だけで必要以上に獲らないという信念があったなら、起こるはずが無い。
数々の叡智を持ったインディアン諸部族達ですら、過ちを犯した。犯さざるを得なかった。他の部族との戦いで優位に立つには、他の部族と外国が交易されると困るから。外国の関心と交易を引きつけておくためには、彼らが求めるものを提供せざるを得なかったから。でも、それに従わずに、敗者となることを自ら選ぶ叡智を持った部族も沢山いた。

有効活用関連のボランティアに参加しないことを、きっと色々なところでとやかく言われるだろうけど、理想やなんかにすりかえたりせずに、全部自分で背負い込んでいるのに、「有効活用」なんて言葉を旗に、現実は各自の手柄の為に利用されたんじゃあ、「僕」自身が浮かばれない。


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