〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2011/01/07(金) 家庭・家族
私は、小さいときから、親から「おかしな子や、おかしな子や」といわれて育った。親の言葉を内面化させて、自分はおかしい、と思いこんで、人生のかなりの時間を生きてきたが、ほんとにおかしいのは、親、とりわけ母親のほうだと思って、母親と距離をおくようになったのは、社会に出てからしばらくたってからだった。世間を知って、うちの親はかなりおかしい、こんな親のエネルギーをまともに吸い込んだら大変だ、と逃げ出したのである。そんな私を、やっぱり世間も「おかしな人」と言った。自分のおかしさは、いったいどこから来てるのだろうか、と、ずっと考えながら生きてきたような気がするが、今日、その「おかしい」の権化にたどりついたような気がする。おかしかったのは母親だけではない、母親の家族のダイナミズムがかなりひずんでいたのである。神戸に一人残している母親には、兄が一人いた。わずか一駅隣にである。今日母親から、その兄ー私の伯父ーが、去年の6月にすでに亡くなっていたと聞いた。なんと兄嫁は、妹である母親を葬式にすら呼ばなかったのである。ほんとにおかしな家族に私は育てられたものだ、と気分が悪くなるほど感心してしまった(怒悲)。実は、今から30年以上前、まだ私がOLをやってたころ、伯父と私は大阪駅で毎日同じ快速に乗って、神戸に帰っていた。そのことを母親に言うと、母親は、知らん顔しときよ、と言った。おかしいな、とは思ったが、めんどくさいから、母親の言葉通り、知らん顔をしていた。伯父が私の顔を初めて見て、おお、大阪駅のプラットホームで毎日見てた子や、と気付いたのは、私の父親の葬式の時だった。父親の葬式に母親の兄嫁は、孫の子守があるとかで来なかった。父親が兄嫁を嫌っていたといつか聞いてたから、そんなものかと思っていた。どうせ義理同士ではないか。あのとき、伯父にビールを注ぐと、初めてたかちゃんにビールを注いでもらうなあ、とうれしそうに言い、たとえ口先だけだったとしても、何か困ったことがあったら言いにおいでや、と言ってくれた。ありがとうございます、と礼を言った。あれだけが私の記憶にある伯父の顔と声である。父親が道で倒れてそのまま息を引き取ったとき、動転した母親は父親を見られず、遺体確認に伯父を病院に呼んだと聞いている。たとえ仲が悪かったとしても、やっぱり兄は妹の世話をしてくれたのである。それなのに、まさか兄が死んでも、妹にそのことをしらせてもらえないほど、おかしな家族だったとは。。。。父親が死んでからのこの17年ほど、私はずっと伯父宅には年賀状を送っていた。もちろん返事は一度もなかった。かまわず去年の暮れも一番に出した。そのときにはもう伯父はいなかったことになる。あのおばさん、かなり変なばあさんになってるんだろうなあ。といっても、もう40年ぐらい会っていないからーたぶん母親の母親の葬式以来ー、どんな人か知らないけれど。。職場の馬鹿女と同じぐらい、姑息で意地の悪い女なんだろうなあ。。私の母親も姑息で意地が悪いから、いろいろあったんだろうなあ、とは思うけれど、可哀想に家族の縁の薄い人には間違いない。こういう家族のダイナミズムで育った私は、いったいどういう人間なのだろうか。やっぱり相変わらず、かなり変わっているとは思うけれど、母親のところみたいに意地は悪くはない、と自分では思っている(笑)人間が持つ問題点のすべては、家族・家庭から始まっているのである。絶対に選べない家族。家族をどう乗り越えるかーそれが生きる課題のようなものだ。 母親は偶然、腹違いの妹になるおばさんから、兄の死を知ったようだが、おばさんは、兄嫁から、誰にも言わんといてくれ、と言われているそうな。要するに、母親には知らせるな、ということだったんだろう。母親は、誰にも何も言わずに、家族だけですませるのが簡単なんだから、と強がりを言った。そりゃそうかも知れないが、あんたは家族じゃなかったのか。妹だったんだろ。。意地の悪い妹だから、嫌われてたんだろうけどなあ(悲)つまるところ、兄嫁は、母親の最後なんて知りたくもないということなんだろうが、伯父の死は知らないことにせねばならないのだから、私はこれからもあの家に年賀状を出し続けることになる。それでいいではないか。人間としてするべきことは、最後まできちんとしてやるのだ。それが、母親に対する私のrespectというものである。それにしても、おばさんよ、あんた、まともな死に方、絶対にしないと思うよ、まあ、覚悟してたほうがいいよ。あんたもきっとおかしな家族・家庭で育ったんだろうなあ。でも、考えてみれば、みんなすました顔で、私はまとも、なんて言ったりしたりしてるけれど、ほんとはみんなおかしいんだよ、きっと。パーフェクトな家族、家庭なんて絶対にありえないんだから。私はおかしい、と認識している私のほうが、よっぽどまともだ。(怒悲)


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