〜ing〜アメリカつれづれ日記
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2011年11月
前の月 次の月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
最新の絵日記ダイジェスト
2019/09/15 いろいろ
2019/09/13 終活
2019/08/26 負け犬さんへ
2019/08/24 記憶
2019/08/20 時代の言葉

直接移動: 20199 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201412 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201312 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201212 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 月 

2011/11/25(金) 感謝祭
7年ぶりぐらいだったらしい。家で感謝祭のターキーを料理して、食べたのは。。娘がオレゴンから2年ぶりに家に帰ってくるというので、配偶者は実家に戻るという慣例をとりやめて、今年は家で料理をした。私にとっては、7年ぶりに、一人ぼっちの感謝祭ではなくなった。加えて、大学院生のネパール人の5人家族も招待した。賑やかな夕飯となった。父娘が朝から台所で、あれやこれやと忙しく料理する声を聞きながら、ああ、これがアメリカ人が好きな”ファミリー”か、と納得した。(笑)アメリカ人の思想は個人主義ではなく、ファミリー主義である。個人主義を言うのは、自分たちがヨーロッパとつながっていることを強調したいからであって、ほんとのところは、フロンティア精神ーつまりファミリー主義なのである。私の居場所ではないなあ、とつくづく思ってしまう。(悲)日本人の思想は、ファミリー主義でもなく、家主義だろう。家主義とは、家を村とも置き換えられる権威主義の枠組みである。要するに、日本人の家族観はヒエラルキーで成立する内部構造をもっているという意味である。そんな家族観が国家観となって、天皇を仰ぐ政治体制となっていたのが戦前日本だろう。私は、父親を頂にそえた家、権威主義が大嫌いだった。母は、病気になっても、「お父さんを大事にせな」と言ったからぞっとした。”お父さんのご機嫌”をとるためには、娘すら犠牲にしたのがあんたの生き様だったではないか、と昔の怒りがよみがえった。(悲)母は、父親の前では、娘を守ろうとは一切しなかった。男の力を前にすれば、女は女を平気で裏切る、と私は母親から学んだ。その息のつまるようなヒエラルキーから逃れるために、私はアメリカにやってきたが、アメリカでも、私が心地よく思える人間関係は見つからなかったように思う。アメリカのファミリー主義には、ヒエラルキーはほとんど感じられない。親子は同じ土俵に立っているかのようだ。そんな親子関係は、私の身体感覚にはなく、今だに娘のやり方になじめないこともある。そして、思うのである。ああ、人とは、生きるとはなんと孤独なものなのだろうかと。だから、感謝祭があるのだろうか、とも。たとえいっときでも家族として集まり、食べて、恵みに感謝して、そしてまた来年のそれを楽しみにして、ちりぢりばらばらになっていく??? それにしても、滞米生活25年を経て、やっと感謝祭をまっすぐに受け止められ、ターキーが平気で食べられるようになった気もする。来年から配偶者はまた実家に戻るだろう。今年は親に会えずに寂しそうだった。私は、居心地のいい家庭環境をもつことなく育った私らしく、一人で過ごすことになるだろう。それでいいではないか。。私にとって”ファミリー”とは、いつまでたっても、しょせん机上の空論、夢物語でしかないような気がするのである。(悲)


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.