〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2011/12/03(土) 悪夢?(悲)
私は両親と談笑していた。なんと父親はフランスが好きで、行きたがっていると母親が笑いながら私に言った。と、突然目がさめた。胸がどきどきしていた。悪夢?だった。現実は、私は両親に心を閉ざし、親とは一切口をきかない人生を送った。なんでこんな風に、親と楽しそうにしている夢を見るのか。(悲)前回、病院に駆けつけたとき、母親がはっきりと言った、お父さんは、たかこのことを、あれはえらい子や、とよう言ってたわ、一人で決めてさっさと行った、えらいなあ、って。。前後の脈略なしにそういう話をする病人の頭の中は、もう回りの人間にはわからない。(悲)私が覚えているのは、私がまだ大学生だったころ、父親が、まるで私がそこにいないかのようにして母親に言った声だ。これはなあ、結婚して離婚することになっても、もう家には帰ってこうへんで、それだけの根性は持ってる。。それを聞いて、そうやろか、と母親は涙を浮かべた。いつまでも、娘を自分の所有物みたいに思っているらしい母親の気持が重く、いやだった。父親には、ふ〜〜〜ん、この男、私とは話をせえへんのに、私のこと、ようわかってるやんか、と心の中で言っていた。目の前にいるのに、娘を”これ”と呼べる親が大嫌いだった。そういう小さなことにこだわり続けて、親と関係を結べなかった人生だった。なんで今ごろ、優しい母親や父親が夢に出てくるのか。日本に帰らねば。。A circle is closing...


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