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2011/08/31(水)
家というもの
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2日前に日本から無事に戻ってきて、翌日から出勤している。時差ボケと戦うだけの身体の粘りもいよいよなくなってきた。がんばる気力もなく、身体の好きなようにさせておけば、時差ボケ解消も10日ほどかかるようになってしまった。昔は1週間だったのになあ。。ああ、それもよしである、まだまだ日々を楽しむことさえできるのなら。。日々の楽しみを失ってしまった母親の今の心境は想像を絶するものがある。(悲)きのうの夜、向田邦子の「胡桃の部屋」の最終回の最終場面を見て共感した。家族のため、というきれいごとに自らを鞭うって生きてきた主人公が、家族それぞれの自立とともに、売却することになった親の家を出るシーンである。確か向田邦子は独身だったのでは、と思うが、独身の人間があそこまで家族とは何か、を見つめ、追求するとなると、かなりの才能がなせる大いなる苦悩だったに違いない。家族とは何か。。これまた哀しいものだ。誰にも定義できまい。定義できるのは、家族社会学?者の無責任さだけだろう。生まれいづりし者、それぞれの家族を背負い、苦しみながら生きていると思う。親なしに生まれてくることはできないのだから。親を選ぶことはできないのだから。そして最後、親は必ずいつしか消える。親を象徴するのが家ではないのか。毎回、神戸の家に戻るたびに、少しずつ片付けものをする。前回捨てられなかった、17年前に消えた父親のシャツや靴は、今回は平然と捨てることができた。新しくものを見つけるたびに、思い出して心が痛むが、その痛みにもそのうち慣れて、感じなくなる。家の片付けとは、最後の親離れへの道を歩くための心の準備でもある。言い換えれば、家とは、親がいてくれたからこその場所ということだろう。母親が今よりまだ元気だったころ、病院で言ったことがあった、たかこが帰ってきたときのために、家にいてやらなければあかんと思ったから。。だから、手遅れになってでも、医者に行かなかったというのか(悲)確かに、どんなに私が母親を嫌っていても、私が遠慮なく帰れるところはあの家しかなかった。私がいつ帰ってきても、そこにいてやりたい、そこにいたいと、半死半生であの家にいた母親の気持ちが、あの家には渦巻いている。あの家は、親不孝の私には重すぎ、苦しすぎる。その重さ、苦しさに耐えかねるようにして、ドラマの主人公のように、いつかあの家を永久に葬りさらねばならぬ時を待つ自分がいる。非情な私だが、そのときが来たら、どんなに寂しく思うことかもようくわかっている。そして、50年以上、ただただあの家を守ることに人生を賭けた母親を自分がどんなに嫌っていたかを思い出すとき、向田邦子の問いが浮かびあがるー家族とは何か。私には答えられない。答えられるときが来るとも思えない。ただただ願うのは、私が戻ることのできる家を永久に失うとき、ドラマのように、輝く光に包まれることのみである(悲)
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