〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2012/03/20(火) 死と別れ
やっと暦の上でも”春”となって、ほっとする。異常気象の今年の春。あとで、どお〜〜〜んと悪いことが起こるような気がする。バランスを欠くことほど悪いことはない。シカゴの春は、雪にうずもれているべきなのだ。それにしても、庭の花や木々は必死で、つぼみをつけ、花を咲かせようとしている。気候に押されている。無理はよくないのになあ。。。それにしても、死に取り囲まれているような気がする。シナバーはますます食べなくなっている。庭の柳も、もみじに押されて、私が枝を切りすぎたせいだろう、死の直前である。もうこれからは絶対に切らない。どんなことがあっても。。10年以上前に、庭ではじめて植えた木だから思いいれがあるのである。どんなことがあっても、殺したくはないけれど、やっぱり生存競争に負けたということで、逝かせてやらねばならないのだろうか。数年あとで植えた小さかったもみじが、今は大きく成長した。その一方で、間違えて鉢から出してしまったミントは、絶対に殺してやるぞ、と、毎朝シャベルを握り、ちょっとでも顔を出していたら、そのあたりの土を掘り返している。一生懸命生きたがっているのを、死ぬのだあ、といいながら、太い根をひっこぬくのも、どこか気持ちが塞ぐものだ。(悲)週末は、娘がシカゴに仕事で出てきていたので、私もでかけていって、二人でホテルに泊まった。月曜一日で、私の2週間分の給料以上の買い物をさせられた。で、飛行機に乗る時間になると、二人とも別れを納得していた。ああ、もうこれ以上、いっしょにいる必要はないよな、みたいな。子供が親離れするとはこういうことだ、と腑に落ちたのである。買い物がすめば、子にとって親は不要かも知れないけれど、それ以上の心理的距離が自然のものとして感じられた。それもこれも、すべて本物の別れへの助走である。庭の木々も、いつしか雑草におおわれてしまうのだろうな、という気がする。人間はお金のために家を建てて、人間が住んで、生と死が身近な庭であくせくして、でもそのうち、この家も朽ちていく。。人間にできることなんて知れてるもんだ。。春に想う”冬”の気分。。それでいい。


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