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2013/09/18(水)
介護ロボット
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日本からのニュース番組で、いよいよ介護施設で、介護ロボットの導入が進められていると知った。ベッドに横になっている人が身体をおこせば、カメラでわかるという仕組みである。そして、そのカメラは、壁に飾った額のなかに隠しておくとか。昔、私の本「大きい女の存在証明」の中でも紹介したが、年をとったら、大きな女は介護するのが大変だからと嫌われると心配?したら、たかこさん、クレーンができるから大丈夫ですよ、みたいなことを言われた。クレーンはいやだなあ、と今も思っているが、いよいよロボットが身体を抱き上げて、入浴させるということも起こるようになるんだろう。クレーンもロボットも同じだ(悲)そう思っていたら、今日はゴミの日。ゴミ収集会社が新しい大きなゴミ箱を各家に配るからどうしたのかと思っていたら、収集の仕方が変わったのである。今日、トラックが来たので観察していたら、なんと大きなトラックの前面から、クレーンの手?が出て、ゴミ箱を持ち上げ、トラックの中に捨てていた。トラックにいる人間は一人だけ。これまでは運転する人と、ゴミ箱を扱う人と最低二人はいたのに。というわけで、技術が進歩すると、人間は淘汰されていく(悲)日本の介護施設は、これから高齢者が増えて、介護する人の数はそれに応じて増えていくのかどうか、そのあたりをカバーするのがクレーンかロボットなんだろうなあ。。母は、息をひきとる直前に「大きいですなあ」と施設のアドミニの人間(介護の人ではない)に言われた。今だに、母を守れなかったことを悔いている私がいる。いい介護って何。。クレーンを使おうがロボットを使おうが、大切にされねばならない人間の本質は変わらないはずだ。。このあいだ会った知人は、スマホだか何だか、小さな器械を持ち出して、これを歩きながら見て、知らないレストランを探そうとしない人の気持ちがわからない、とか言った。何言ってるんだろ、この人。10年前は、みんな、GPS機能なんかなくても、知らないレストランを探して楽しんでいたではないか。機械は、人間をだめにしているとつくづく思う。ゴミの収集に、クレーンだかロボットを使うのは賛成である。しかし、人間の五感やら身体に関しては、できるものなら、ロボットかクレーンはできるだけ避けようとする社会であってほしいと思う。人間の本質は精神にあり、精神と肉体は密接に関係している。肉体が機械で操られるようになると、絶対に精神は退化していく。GPS機能がなかったら、知らない町を歩けなくなり、自分が歩けなくなることに何の疑問も抱かないのならまだしも、GPS機能なしに知らない町を歩こうとする人間を小ばかにするかのような発言をすることに何の疑問も抱かない人間の精神の退化のように。。いつもあえて抵抗していく精神をもっていなかったら、人間は確実にバカになる(悲)
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