〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2017/11/23(木) ひとり
今日はサンクスギビングの日。世間では、家族とやらいろいろ人が集まって、ごちそうをたくさん食べる日とか。私は家に一人。娘は西海岸の親戚宅、配偶者は東海岸で、義父や妹、姉さんといっしょにごちそうを食べていることだろう。人は、寂しいでしょう、と言いたがる。ぜんぜん寂しくない。(笑)家族、家族が大事、と日本のテレビが連呼したがる言葉にからめとられて、家族が大事のふりをするのはめんどくさい。一人っ子の私が強い関係をもったのは親だけで、親がいなくなった今はもう、私には誰もいないような気がする。兄弟がいない、というのは、いっしょの時と場所を過ごした人間がいないということで、もう私の世界には誰もいないような気がするのだ。同じ一人っこの娘には、いろんな人とつながってほしい、と思ったから、母が私を育てたようには育てなかったから、一人でいる親のことなどそれほど気にもしていないかもしれない。それでいい、と思う。そういえば、骨のないぼんくらが出てくる朝ドラにはうんざりしているが、それでもきのうだったか、私の父親を超える人間が出てきて、うれしかった。(笑)女主人公の父親は、自分が死んだことも娘に知らせず、死んだあとも娘は家には戻るな、と言っていたという設定である。そして、鈴木京*が演じる母親ードラマの中で唯一私が気にいっている人(笑)−が、親が子供に望むのは、子供の幸せだけ、帰ってくるな、と言ったお父さんの気持ちをよう考えなはれや、と言うのである。そしてまた、二度と帰ってこやへんのがほんまの親孝行や、と私に怒鳴った父親を思い出した。(悲)さすがに、死んだこともしらせるな、とは、母親には言っていなかったと思う。ドラマの中の父親の勝ち(笑)親子関係は、家族、家族を連呼するだけでおさまるものではない。家族といったちょろい言葉を超えてしまうものがなければ関係は成り立たないと思う。 家族の幻想をおっかけて、家族の一員のふりをするよりも、一人自分の来た道でも振り返っているほうが、よっぽど力になるような気がする。遠く離れていても、その存在からは逃れられないのが親子なのだから。英語の訃報が、xxis survived byという表現を使うのもそういうことだろう。死んでしまっても、残された者の中に生き続けるのが人間である。そう考えていると、訃報が届いた。一度だけ会った人である。それでも力のある人は違う。話をしていると、温かい大きな力が伝わってきた。ああ、この人、いい人だ。もう一度会いたいな、と思った。でももうこれで、会うことはかなわなくなった。残念。ひとり。じっとひとりを凝視する。会えなくなる人が増えていくのだろうこれからをじっと凝視する。ひとり。それでいい。


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