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2018/12/02(日)
(続き)
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それにしても、人間の命なんて、ほんとに明日がわからん。やっぱり弁護士を頼むことにしようか。このあいだ、弁護士事務所に行った。遺書を作れ、と娘にせっつかれるからである。一応様子見に行ってみた。いっぱい学んだ。日本で遺書といえば、相続のための財産管理を目的としていると思われるが、アメリカは相続よりも、最悪の状態を設定して、そのときの最終の意思表示を記録しておくことを目的としているように感じられた。要するに、娘も配偶者もいない、自分は認知症で判断力がない、そのときに財産と自分自身の肉体の処分を決定するのは誰か、を指定するのである。で、自分が指定する人との事前の同意はいらない、という。要するに、法的文書にしておけば、指定された人はノーが言えないという構図である。こういうとき、兄弟がいないというのは大変である。指定する人がいない。(悲)親族はおらず、自分の子供も一人だし、義理の家族とも疎遠だし、加えて老後は日本で、なんて勝手なことを考えていたら、どうしたらいいかわからない。(悲)アメリカの相続は11ミリオンドル、日本円に直したら15億円ぐらい??から税金がかかるという。 3000万円から相続税がかかる日本とは経済規模が違う。普通誰が15億円の心配をする??? この国のドアホといい、15億円の心配をする人間には、すでに弁護士が山ほどいるだろうから、何も考えなくていいのである。考えねばならないのは、戦争を経験したために贅沢はできない人生を送った人とつながっている人間たち。日本で特殊詐欺にあう高齢者も、そうやって贅沢ができない人生を送った人たちである。シカゴでも、60万ドルを施設の人間に食い物にされた人は90歳を越えた戦中派である。誰にも食い物にされることなく、自分の人生を、自分をこの世に送り出してくれた親の人生を、そしてそこまで連綿と続いてきた無数の人たちの命に感謝しながら、納得して、いや最悪の場合、さも納得しているかのように状況を整えてこの世界を去るには。。。あああああ。昨夜、ドンドンドンで亡くなった、たぶん若い女の子?の人生は、まあ、それはそれでよかったのかも。。(悲)人の生は、テニスのゲームのようにして終わる可能性もあり、である。つまり、自分の勝ちでポイントを稼ぐのではなく、相手の失敗を自分のポイントにする構図である。 人生とは自分がコントロールできるものではなく、相手の失敗に自分がまきこまれて、死ぬ可能性もあるということだ。あああああ。日本なら雑談レベルで、人工呼吸器ははずしてくださいと言ってるのを聞いたことがありましたよ、レベルで事がすむのに、こちらはそれを全部文書にせねばならない。「守られる」とはそういうことだ。あああああ、あああああ、何度考えてもあああああ、やんぴ!!!!(笑悲)それはそうと、ドンドンドンで塀を壊されたら、その修理費は事故車の保険がカバーしてくるのだろうか。プールの撤去費、修繕費は??? もし事故を起こした人間が保険をもっていなかったら??? もし、私が事故を起こしたら。。あああああ、こういうことも知っておかねばならぬ。人生はテニスゲーム!!!生きていくのは怖いなあ。。。(悲)
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