〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2018/08/05(日) 片づける季節
日本は猛暑とのこと。日本だけではない。韓国もヨーロッパも。ここイリノイはもう秋の気配である。庭に落ち葉が落ち始めて、また落ち葉はきに苦労する季節がやってきた。また1年が終わろうとしている。はやいなあ。。ほんとに、ほんとにいやになる。(悲)家の中を片づけていたら、配偶者のカリフォルニア時代の給料明細書が出てきた。大学院生で、1年の給料が1万ドルに満たなかった時代である。あれから30年以上。長いようで早かった。人生、ほんとに短い。給料明細を残すのは国を問わないらしい。私の母も父親の給料明細を全部残していた。家の片づけのとき、私はちらっと見ただけで、全部破って捨てた。給料明細は生計をともにした者同士にとっての人生を表象するものであって、子供にはほとんど意味がない。アメリカ人の義父母も、戦前のものから残していたらしい。配偶者の妹はあっさりシュレッダーにかけたと聞いた。親の過去を子供は知りたいだろうか。私の答えはノーである。子供にとって親は、人間というよりいつまでも親でしかない、と思う。それでいい。親は子供を一生懸命育てる。それだけでいい。だから、給料明細をあとに残す必要はなし。なにやら私の母親の性格から想像するに、わたしらはこんなに貧乏なのに、あんたを一生懸命育てたんやで、感謝しいよ、と言われているような気がせんでもないが、もうその母も逝ってまもなく6年。お母ちゃん、私はおこづかいもお年玉もいっさいもらわない子供時代を過ごしました。もうそれでいいでしょう。(笑)家を遅かれ早かれ売りに出すことを考えて、デッキを直すことにした。2万5000ドルもかかる。思い切って修理するのも片づけの季節だからである。片づけるーいのちを最後の最後までいつくしんで、そして自然にまかせて消えること。今日の広島関連のニュースでは、「いのちを大事に」「平和の大切さ」を連呼していた。あっほ。イライラした(笑)「大事ないのち」「平和」のスローガンのあいだには、絶対に見逃してはならないものがある。当事者の政治意識である。しかし、おセンチなスローガン連呼には、当事者の政治意識はさっぱり感じられない。なんで原爆投下の話から、大事ないのち、と平和に直行する? 誰が、原爆が投下されるまで戦争を続行した? 領土ーつまり沖縄が侵略されても、まだ戦争を続けたのは誰? 人間魚雷って何? 特攻って何? 補給線を考えずに計画、遂行されたインパール作戦って何? 誰がいのちを大事にしなかったのか? 追求されるべきはその点である。「いのちを大事に」「平和」を連行しても何の意味もない。平和って何? ただ単に国同士のあいだで戦争がないこと?くだらん。私が考える「平和」とは、人が自分と自然の意図の外で死なないことである。人が自分の生活に満足して、いのちの最後の一滴までいとおしつくせること。それが平和である。そう考えると、今は絶対に平和ではない。自然災害はますます狂暴化しているし、おかしな運転をして人を殺す人はうじゃうじゃいるし、どこが平和やねん。毎日毎日、納得のいかない死に、泣いている人がいる。「いのちが大事」なら、同性愛者を生産性がない、と言ってのけた、あほな衆議院議員なんてやめさせるべきである。責任をとらせるためにやめさせるのではない。大事な議席の一つを、社会をもっとよりよいものに変えていける力をもつ人間にわたすために、やめさせるのである。それなのに、もはや名前も簡単には読めないけったいな議員に対して抗議活動する人間は、謝罪せよ、とか言ってるらしい。あっほ。お前の謝罪なんか聞きたくもない。お前の空っぽな言葉なんか聞きたくもない、と言ってみろ。大事なことは、新しい具体的な変化を呼び込むための行動を考え、実際に動くこと。日本からのニュースには、謝罪はあふれかえっている。責任感のない、覚悟のない、口先だけの言葉だけの謝罪。。それは「いのちが大事」「平和」を連呼する軽さとも通底している。(悲)。。片づける季節。。いつ日記を捨てようか。私の前にはもう何もないが、振り返りたくもない季節にいる。人生を片づけるー過去へのいとおしさが、どんなに小さくても、新しいわずかな変化を呼んでくれることを楽しみに待つ季節。めざす目標ー私のあとには何も物を残さないようにすること。。(笑)


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