〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2019/08/10 そういうことか

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2019/08/24(土) 記憶
こんなことをしたのは初めてのような気がする。毎朝、フルーツと野菜を組み合わせて、スムージーを作って飲むのが1日の始まりなのだが、今日は、トマトしかない。フルーツがない。仕方ないからトマトジュースを作ろうと考えたが、あんまりトマトだけでは芸がないな、と。もう一味何かいれて、変わったものを作りたいな、と考えたとき、60年ぶりぐらいなのだろうか、一度も思い出したことのないような光景を思い出したのである。父親が、トマトにソースをかけて食べている姿である。ソースかどうかも定かではない。でも、しょうゆじゃなかったよな、塩だったかも、だけど、塩はとりたくないな、で、ソースとなった。確かに、あの人、ソースをかけてた、と、幼児期の記憶がよみがえって、トマトにとんかつソースをふって、ミキサーにかけた。甘さがあっておいしかった。やっぱりソースだったんだ。こんなことしたのは、初めてである。父親がトマトを食べている姿を思い出したのも初めてである。遠い遠い記憶のはしくれが、ふっと浮かぶ年齢になってしまった。これでいい、と自分を納得させる。残された時間で、もう一度子供時代を生き直しているのかもしれない。。

2019/08/20(火) 時代の言葉
3週間ほど前から、新しいボランティアの仕事を始めた。高齢者といっしょに時間を過ごす前に、同じところだが、図書館でのボランティアである。日系人が家族の歴史を寄付するが、日本語が書いてあるとわからないので、それが何かを教えてあげてカタログを作るのである。で、この3週間やっているのが古い日本のレコードのカタログである。先週は、海軍の軍楽隊のレコードや陸軍の楽隊のがあったりして、一度聞いてみたいと思いながら、仕事をする。きのうも、いろいろ戦前の歌が出てきて、聞いてみたああい、と唸りながら仕事をした。たとえば「愛国行進曲」−これは日系人の歴史の本を書いたときに知ったので、ぜひ本物を聞いてみたいと思ってきたものだ。それから「講和の歌」というのもあった。講和って、サンフランシスコの講和条約のことだろうか。どんな歌なのだろう。平和平和、これからは夢と希望、新しい日本、いざ前進、みたいな歌なのだろうか。ぜひぜひ聞いてみたい。 で、一番感激したのが、曲名「肉弾三勇士」である。この言葉は、両親が、枕を脇の下に抱えて、ああ、肉弾三勇士みたいやなあ、と言って笑いあっているのを一度だけ見て、初めて知った言葉である。肉弾三勇士って何。どんな歌なのか。ぜひ聞いてみたい。で、カタログ作りだから、日本語の題名と、その下に英語の訳も入れる。肉弾なんて、英語でなんて言うんだろう、と、センターにおいてある和英辞書を引いてみて、びっくり。ちゃんと肉弾という言葉が載っているのである。human bullet こんな言葉を載せている和英辞書って、いつの出版だと、奥付を見て、これまたびっくり。初版が昭和4年、私が調べた辞書は昭和14年発行である。そりゃ、載ってるでしょう。ちなみに、家にある1983年出版の和英辞典にも載っていた(笑)すごい、肉弾って、そんなに日常的な言葉だったのか???スポーツしない人間にはわからない。(笑)で、思ったのである、レコードのタイトルを見ていると、ああ、こうやって国民を洗脳していったんだなあ、というのがよくわかる。今の言葉で言えば、メディアであり、エンタメである。満州に咲く蘭の花がどうのこうの、南国の夜がどうのこうの、そういえば、「見よ、わが鉄腕を」というタイトルのレコードもあった。もしかして、鉄腕アトムはここから来た?(笑)チコちゃんじゃないけれど、ぼおおおおとして、こういう歌を聞いていたら、だんだん戦争賛美のメンタリティができあがり、お国のために、天皇のために、どうのこうので、生きたい、と切望しても、殺されてしまうことになる。歌の力は大きい。それは高齢者たちの様子を見ていたらよくわかることだ。音楽の力はすごい。。。はやり歌は気をつけねばならぬ。(笑)歌は時代をあらわすーピンクレディの歌がはやっていたころの日本が一番のんきで楽天的で、幸せだった時代かも。。。もう遠い昔だ。(悲)

2019/08/18(日) 変なこと。。。
このごろ、学者が第一級資料と呼ぶものがどかどか出てくる。このごろ、日本からのニュースが毎日のように流すのが、昭和天皇と謁見した宮内庁の初代長官の謁見記である。昭和天皇の言葉がていねいに記録されているらしい。天皇が戦争を反省している、みたいな言葉を言おうとしたら、吉田首相に止められたこと、改憲と再軍備を考えるべきだ、と吉田首相に言おうとしたら、長官に止められたこと。。へええ、昭和天皇は人間だったんだ、と改めて思った。(笑)こんな人間の言葉をしゃべる人間を現人神だと言い、写真をまっとうに見ることすらできないようにした時代こそがめちゃおかしかったのだ、と改めて腹が立ってきた(怒笑)で、思うのである、いったい今、何が起こっているのだろうと。2.26事件の海軍資料といい、天皇の謁見記といい、学者は第一級の資料と感心してみせるが、当たり前でしょ、そんなこと。それよりも、なんで今ごろ出てくるのか、どこで見つかったのか。誰がもっていたのか、そういうことは一切流れない。そんな大事な資料が今まで隠されていたことがおかしいではないか、そして今ごろ突然出てくるのがおかしいではないか。何よりも、誰がもっていたかを言わないのがおかしいと思う。おかしいことだらけ。こういう新発見の裏にあるのは何??? 資料の中身より、その裏を知りたい。。(笑)ホワイトハウスは、自由の女神は、大西洋を渡った白人のため、と言ったそうな。今さらだけど、お前らが白人至上主義者なのはようくわかっていることだ。そうだ、白人以外の移民は全員この国を出て、新しい国を創ろうではないか。。昔、黒人たちがそういう運動をした。リベリアかエチオピアか、とにかく人種差別のない国へ行こう、と。それをさらに煽ったのが日本人、という史実を原稿に書いている。大変、大変。でも楽しい(笑) 人種差別のない国へー私が老後は日本へ、と考えるのも、そういう気持ちも一因である。いやあな思いをひきづって生を終えるのはいやである。そういえば、職場闘争のときも、エリスアイランドを通った移民(白人)はいい移民、通らなかった西から来た(アジア系)のは悪い、というメールを、私が訴えた上司が部内のコンピュータで流し、上司とのけんかがさらに悪化したのだった。ホワイトハウスも、イリノイの小さな職場も、アメリカはどこも同じである。(怒)最近は、一日に2度、庭の枯れ葉はきをせねばならないが、この枯れ葉はきができなくなったときが、この家を去るときなんだろうな、と思いはじめた。そんなに遠い先のことでもないだろう、とも。芝生を刈ってくれ、ぐらいはプロがいるけれど、デッキの雪かきとか葉っぱはきが大変になったら。。。時間は止められない、を改めて感じてしまう。この家に来て20年。20年はあっというまだった。これから20年。人生100年時代とはいうけれど、もう生きていないかもしれぬ。生きていても、もうこの家にはいないだろう。どこで何をしていることか。今日1日、感謝してていねいに生きることー昭和天皇みたいに、しゃべったことをいちいち記録されて、後の世の人に、ああでもない、こうでもない、と批評されることもなく、ただただ自分が充実した時間をすごすために生きる。いつか答えが見つかるだろうか、私がどうしてアメリカに来たか、そのほんとの理由を知りたい。それを探して、あと何年かなあ。。昭和天皇さん、あなたは、なぜ自分が天皇なのかを問うたことはありますか。第一級資料に書いてあるのかなあ。。知りたい。。(笑)

2019/08/14(水) ああ、なさけなあ。。(怒)
ドアホが、演説で、日本の首相と韓国の大統領の英語のアクセントを笑ったんだって。それが本音だということはようくわかっている。ドアホのような白人至上主義者の差別意識は、この国に住んでいると、それは常識中の常識である。別に不思議でも何でもない。ただ情けないのは、そういうどこにでも転がっているアホな人間が、世界一?とやらの国のトップにいることだ。国のトップは、そういう差別意識を公に外に出してはならぬ、という常識すらもたない人間が大統領をやっている、というこの国の非常識さ。もうドアホに腹を立てる元気すらなくなった。個人的には、人心はひそやかにドアホを離れつつある、と思っているが、ドアホが前面に出して一人喜んでいる熱狂的なファンとやらのドアホさ加減は、私にはわからぬ。翻って、それ以上に情けなくなるのが、日本のドアホの扱いぶりである。思い出すに、接待外交やって、ドアホを思いっきりもちあげはしたけれど、何か効果があったか。足元を見られっぱなしの情けなさ。天皇皇后までふらふらとドアホが泊まっているホテルまで出かけていってさ、あほか。日本の首相が、ドアホから頼まれたみたいにし、仲介は日本の世界における大事な役割だ、とか騒いで、中東まで出かけても、訪問中に端かーが攻撃を受ける、という日本の存在感のなさ加減。北朝鮮からミサイルが飛んできても、ドアホは正直に、短距離は気にしてない、と言ってのけ、短距離ミサイルが国土に落ちることを心配しているだろう日本のことなどおかまいなしである。で、武器買え、だと。バカにされて、されて、されまくってるのに、あんなドアホの汚い足が土俵を踏んだかと思うと吐き気がする。もういい加減にしてくれ。(怒) 中東情勢のために、有志連合どうのこうのと言ってるらしいが、日本は絶対に参加するな。絶対にノーである。ドアホにノーが言える国、で、堂々と世界に名をとどろかせてくれよ。この国は、自分に挑戦してくる国に一目置くのである。 へらへらとおべっか使う国、人間は、足元見て、とことんバカにする。 ドアホのような白人至上主義者はなおさらである。 戦前日本は、アメリカに怖がられていた。へらへらしなかったからである。反西洋で、新しい世界秩序を作るんだ、と一応体裁のいい表向きで、がんばっていたからである。 あの根性を取り戻せ。(怒) 日本からのテレビは、15日の敗戦記念日にあわせて、戦争物が多い。ガダルカナルの番組は、かわいそうで、ゆっくり見られなかった。生存者のおじいさんは、涙を流して、何も言えなかった。 あの沈黙がすべてを語っている。「慰霊の意味は何でしょうか」と問うようなアホな記者が出てこなくて、ほんとによかった。戦没者式典では、天皇が父親が言ってきたような「反省とともに」ではなく、「反省の上に立って」と文言を変えたことが、とりざたされていた。ともに、と、立って、では、確かに戦争を経験したか否かの違いが出ているのかもしれぬ。しかし、それ以上にイライラしたのは、戦争で亡くなった、と、戦争が310万人の命を奪ったかのように連呼することだ。戦争とは国がすることである。310万人は国に殺されたのである。国が国民を殺したのである。アメリカは1943年の時点ですでに日本占領方針を考えはじめていたというのに、日本は、1945年に入っても、特攻みたいなアホな作戦を始めた。勝てるとは思ってもいなかったはずだろうに、ただただ陸軍のメンツのために、無意味に国民を殺した続けただけの、国という化け物ーその部分をじっと凝視する勇気が今のあの国にあるのか。とか考えていたら、このごろ、いやに、今まで存在しないと考えられていた資料があっちこっちから出てきたそうな。「日本」という国粋主義の新聞とか、2.26事件に関する海軍が作った報告書とか。。。そろそろ歴史の転換点にあるという無意識の自覚がそこここでめばえはじめているのかもしれぬ。このあとどうなるのか。再び化け物が暴れだすかも。暴れだすのを制御するために、この国のドアホにおべっか使っているのか。ドアホは日本のためには何もしないぞ。。ドアホには何もするな。日本人の英語のアクセントを笑うなんて、下の下の人間がすることだ。下の下の人間なんて相手にしません、とつっぱねろ。それぐらいの矜持はもってほしい。そうそう、見ていた番組の一人で、アナウンサーがこう言った、敗戦色が濃くなっていた1945年どうのこうの、と。バカ。アメリカは、1942年のミッドウェーの海戦後、ああ、もうこれで勝てた、と考えたのである。相手を見ろ。そういえば、今日だかのニュースで、日本が秘密に作っていた飛行場が、アメリカの空撮でバレテいた、みたいなニュースが流れていた。びっくりすることか。あほ。まだわかっていないようだな。アメリカは、勝つために敵を知れ、をやったのである。日本と真逆である。アメリカは日本を知り尽くしている。ドアホは、日本や日本人のことを鼻で笑っているのである。笑われて悔しくないのか。。ああ、絶対に勝てないよなあ、やっぱり、ああ情けない。(怒悲)

2019/08/10(土) そういうことか
毎日、日本からのニュースのトップは熱中症である。熱中症には十分におきをつけください、とアナウンサーたちが連呼している。大変そう。こちらは華氏70度ぐらいの、気持ちのいい夏の日が続いている。確かに日中の日差しは強いが、朝夕は涼しく、庭の葉っぱが落ちる量と速度も少しずつ早まっているので、毎朝葉っぱ掃きは欠かせない。そのうち、モーターで動く葉っぱ吹き飛ばし器を使わねばならなくなる。で、日本の夏が生死を決めるような、ちょうどシカゴの冬みたいに厳しくなっているのに、なんで日本の夏にオリンピックか、と、招致が決まったときから、不思議に思っていた。絶対に死者が出るぞ、と。で、日程にはアメリカのテレビ局の意向が大きく影響していると情報が流れてきて、そういうことか、と納得した。なあんで、暑さが一段落した秋はダメだったのか。アメリカの秋は、来年はオリンピックどころではない。選挙である。あのドアホを再選させようとするこれまたドアホの群れと戦わねばならぬ季節である。オリンピック放送権の独占に多額の金を出すアメリカのテレビ局が、秋の日程を許すはずがない。じゃあ、春にしたらよかったのに。聞くところによると、東京都知事選が、オリンピックの開催中だか前だかにあるとか。それじゃあ、いっそのこと2月ぐらいにすればよかったのに。東京に雪が大量に降るわけでなし、なんで2月か3月の、まだ膚寒いぐらい時がスポーツをするにはぴったりなのでは。でも、そういう寒いときだと、オリンピック会議?を牛耳っているらしい森というじいさんが、2月は困る、持病のリューマチが痛むんじゃよ、とぶつぶつ言いそうな感じ。。。(笑)あのじいさんもみっともないよなあ。マスクとサングラスで顔を隠した人殺しの勲章じいさんと同じぐらい、汚いエゴを感じてしまう。政治の世界でいっぱい経験積んでるんだから、黒幕ということで、家でどおおんとしてたらいいのに、まだテレビにしゃしゃりでてきて、平和がどうのこうの、若者の夢がどうのこうの、と、手垢のついた臭い言葉を並べて、へらへらしている。。ああ、気色わる〜〜〜。(笑)こんなじいさんがしゃしゃり出てくるオリンピックって何、と思っていたが、アメリカのテレビ局の意向で、死者の出る夏開催と知って、だからいわんこっちゃない、と思った。じいさんではアメリカを跳ね返せない。(怒悲) ミストを出す器械をあっちこっちに建てると聞いたが、私が知っているミストを出す器械は、明石城の前のバス停にあるものである。初めてその下を通ったとき、何が起きているのかわからず、何これ、とびっくりしてしまった。人が二人横並びして歩ける程度のスペースにミストの器械を並べて、その下にいたら涼しい、という感覚はあったが、オリンピック会場なりマラソンのコースではねえ、どうするんだろう。。オリンピック招致に人は大騒ぎするんだから、金儲けを狙っている人がうじゃうじゃなんだろうけれど、かわいそうなのは、ただただ勝ちたい、と訓練を積むスポーツ選手? でもいつだったか聞いたことがある、金メダルでは食べていけませんって。スポーツももってうまれた才能である。売れないライターには、お金にはならなくても身体に突き動かされてしまうスポーツ選手の気持ちはわかるような気がする。オリンピックに出るというのは確かに一つの頂点かもしれぬ。でも、出たからといって、人生はそれからも続く。まあ何があっても、死ぬほどのことはないよ。芥川賞も、とったあとも作品を書き続けられる人は、ほんの一握りだそうだから、自分に与えられた才能は自分が人生を賭けて、自分が楽しむものである。オリンピックに出ても、死んだら、元も子もなくなるよ。。が、私のオリンピック応援歌。(笑)そうだ、日韓関係がどうのこうの、も、日本からのニュースでよく聞く。いっそのこと、これこれの国が出るなら、わたし、オリンピック出ません、とごねてみたらどうか? (笑) どうせ、オリンピックなんて政治の塊なんだから。おお、そうすると、あのこれまた政治の塊みたいな森のじいさんが出てきて、若者の夢とエネルギーをどうのこうの、と中身からっぽ総論をぶち上げる顔が目に浮かぶ。げっ、くだらん。(笑)オリンピック、くだらんが私の結論。(笑)スポーツ選手には悪いけれど、あなた方の身体がもっている才能を、オリンピックではない、何かもっと社会全体に地道に貢献させていく方法を考えるべきだと思う。あなたが生きているあいだ、ずっと貢献できることに。参議院の選挙には出ないでね。(笑)スポーツってしょせんエンタメだから、難しいなあ。色は何色でも、メダルなんて社会の何の役にも立たないのは確かである。

2019/08/08(木) 底の浅さ
もう少しでNHxに文句のメールを書くところだった。でも、敵もさるもので、文句を書くサイトがすぐには見つからない。めんどくさくなってやんぴ。。(笑)でも一応、日記には書いておこうと思う。考えを整理するために。。「マンゴーの樹の下で」というドキュメンタリーを見た。敗戦まじか、日本兵といっしょにジャングルに逃げた日本人民間人の話である。無事に生き延びて、日本に戻ってきた人をNHKが取材した。当時は、フィリピンでは少年少女たった人々だ。今はもうみんなといっても、4、5人、90前後である。さすがNHKはすごい、こういう人を見つけてきて話を聞かせてもらえるんだ、と感心した。うじがわいた死体があっちこっちにころがっていたことや生きてる人間ーそれも我が子ーを見殺しにせねば自分が生きられない、という地獄の話をこれまでも読んでいたが、実際にそれを経験した人たちの肉声は初めて聞いたので、感激した。その最後の5分までは。最後である、若い女記者が、生き残ったおばあさんに何かを聞いたのだろうーその質問の部分は流れず、おばあさんが言った、「慰霊なんていやだね」たぶん、若い女は聞いたのだろう、慰霊に行きたいですか、みたいなことを。おばあさんは「慰霊はいやだ」で、口をつぐんだ。女記者がたたみかけた、「慰霊ってどういう意味でしょうか」横から、中年男の声で、同じ質問。 おばあさん、「ほんと、どういう意味かねえ」といってはぐらかして、そのままとなった。で、見ていた私は、本気で腹を立てていた。あっほ、しょうもない女記者にカメラマンやのう、慰霊の慰ってなぐさめる、だぞ。お前、このおばあさんが、あの地獄で殺された人々、それも自分の親兄弟を慰めに現地へ行きたいとでも思っているのか。この人の心、いや身体の底の底にあるのは、深い深い、いやされぬことのない悲しみと怒りなんだぞ、それをまあ、「慰霊に行きたいですか」って聞いたみたいだな。あっほ。。誰が行きたいもんか。それがわからんのやろなあ、お前らみたいに、ごちゃごちゃ空虚な言葉を並べたてて、その場をきれいに取り繕うことしか考えられないもんわ。真実は沈黙の中にあるんじゃ。「いやだ」という拒否がすべてを物語っている。それを読み取れず、読み取ろうともせず、慰霊ってどういう意味でしょうか、って二度も聞いて、お前のわかるレベルのちゃらちゃらした言葉で言わせようとするなんて。あっほもいいとこだ。で、当事者から答えが得られなかったもんだから、あほな若い女記者は、次のような自分のナレーションで番組を終えた、「答えの出ない問いに戦後75年おいかけられるようにして生きたどうのこう。。。」聞いたこっちはもっと腹が立ってきた。 おお、きれいごとの表現だなあ、お前らは、こういうのは得意で、こういう言葉しかわからんのだろうなあ。が、中身からっぽは丸見えである。お前ら、あのおばあさんが、慰霊はどういう意味、と考え、悩みながら75年生きたと思ってるのか。あの人たちは、死んだ人への慰霊ではなく、自分がなぜ今ここにまだ生きているのかを問いながら生きたはずである。息子を石の影で殺さねればならなかった母親の気持ちを想像し、なんで母親は自分を生き残らせてくれたんだろ、自分はなぜ今日まで生きているのか、を問い続けたはずである。そして、ジャングルの中で飢えて、疲れ切って死んでいった親兄弟に謝りながら戦後を生き続けてきたのである。その荷の重さを想像するとーお前らの、慰霊ってどういう意味でしょうか、なんて問いなり、追いかけられて生きた、なんていう若い人間が自分で考えた、自分が理解できるレベルのきれいごとの結論は、その軽さゆえに吐き気を催す。あの番組は、おばあさんの、「慰霊なんていやだ」という声で、終わらせるべきだったのである。それができないところに、あの国の教育が失敗したことを露呈している。教育の失敗といえば、もう一人のおじいさん、この人は、フィリピンで無事に生き延び、一度は日本へ帰ったが、またフィリピンに戻った人である。この人には、「日本人はすばらしいと思います。日本人としての誇りをもっています」と言わせて、番組を終えた。あっほ。。日本人やら日本がそんなにすばらしいのなら、なんでその人は日本から再びフィリピンへ戻ったの。それは流れなかった。聞いたのかどうか知らないけれど、作為的なものはありありだった。教育の失敗は、これだけ悲惨な戦いを民間人にもしいた戦前日本のありようを問おうとしないことである。あげくに、日本はすばらしい、という言葉で番組を終わらせるなんて。。ああ、気色悪〜〜〜〜(怒)と、NHKに書いてやろうかと思ったけれど、やめた。。(笑) めんどくさい。どうせもう日本は終わっているんだから。そういえば、今日、犬養毅の演説文を読んでいると、こういう箇所があった、「元来日本の外交には根本主義がたっておず、その日その日の出来心の外交をもって甘んじているから手が付けられぬ。」おお、日本よ、敗戦国になってよかったかも。外交の根本主義ができたではないか。アメリカにしっぽ振る犬以外には何にもなれぬ、が戦後日本の外交の根本主義である。。(悲)一方、アメリカのテレビドラマでは、ナガサキを破壊の意味で使っているとか何とか、またニュースが流れていた。アメリカ人にとって、ナガサキは特別な場所ではないらしい、という現実が、これまた日本人の気持ちを逆なでしているようだ。 しかし、インパール作戦といい、番組で見たフィリピンのジャングルへ逃避行した日本人家族の悲惨さを伝えようとする一方で、番組の最後は、悲惨を生き延びた人の「日本はすばらしい」という外交辞令だからね。自分をまっすぐに見据えることができず、ただただ被害者意識だけを肥大化させる人間、国って。。。やっぱり、「根本主義」がない???(笑)

2019/08/07(水) いろいろあって。。。
名古屋でのアート展、いろいろ問題視されてる少女像は韓国人の作品なんだって。知らんかった。。日本で税金を使って開かれるアート展だから、日本人作家が少女像を作って問題提起するのはまったく問題ないと思うが、韓国人ではねえ。。もういっぱいあっちこっちにあるじゃん。わざわざ芸術品として出す必要はなかったんでは。。本物の芸術品は世界にたった一つのものだと思うけれど。。アメリカのあっちこっちにある少女像と今度のはおんなじ作家??どっちにしても臭い話だなあ。。まあ、いつまででもこだわっていてちょ。。シカゴにも一つできあがってるそうだが、まだ公表はされてない模様。また外に建てられたら、行って頭をなでなでしてあげる。。(怒笑)道の向かいにひっこしてきました、と若いカップルが挨拶に来た。こんなこと初めて。。前の人は、ドアのところに、お前が来たら、警察には電話せんぞ、まず撃つぞ、というサインを出してたおかしな家族。今度の人はまともそうだ。よかった。日本の隣のおじいちゃんに電話すると、東となりの空き家にも、新しい若いカップルが引っ越してきたそうな。日本にも新しい隣人である。若い人が移ってくるのはいいことだ。おじいちゃん曰く、名刺を見ると、自然を大切にする職業だそうだから、たかちゃんとは気があうんとちゃうか、とのこと。伸びっぱなしにしている植木のことを揶揄されてるのはわかっているけど。。(笑)ほんとに気があう人なら、枝が伸びて、葉っぱがいっぱい落ちても何も言わない人ならいいんだけど。。おじいちゃんも、「頼みまっせ」と言って笑った。。(笑)そして最大のニュースは、私が書いた「帰米ノーノ―ボーイ」の本がどれだけ役に立ったのかわからないけれど、戦中戦後、日系社会でずっと嫌われてきた帰米ノーノーボーイのことを、全米日系市民協会が謝罪するという。やったああ。。私が本の中で紹介したおじいさんたち、みんな他界してしまっているが、きっと喜んでくれてることだろう。。大きな大きな勝利である。長い戦いだったようで、あっという間だった。1994年ぐらいから書いてたと思うから、25年はかかった。当事者とその家族は人生ずっとである。時間がかかっても、本物は必ず人を動かす力がある。日本で展示された韓国人の政治的作品はなああ。。ちょっとなあ。。誰かのエゴの臭いがする。ああ、あの、人を殺したくせに、サングラスしてマスクして、顔を全部隠して出てきた、勲章じいさんの器の小ささみたいな大きなエゴの臭い。。。残念なアート展となった。。税金の無駄使いだ。日本人よ、税金の無駄使いを怒れ(悲怒笑)

2019/08/06(火) いやになる。。。(怒悲)
もう怒る元気もなくなってきた。これはかなりの危険信号である。(笑)名古屋で開かれていた、なんとかという、ほかの美術館で展示されなかったアートを展示する芸術展が、脅しで、中止になったんだと。情けない。何のためのアートか。ガソリンをまくとか何とか脅しが来たら、市長だかが中止を決めたんだと。おお、これも市長の保身やのお。(怒)脅しが来たら、入口で、荷物検査をすればいいではないか。警備員を増やせばいいではないか。アートの力を信じないバカな人間たち。。人間が最後に必要とするのは、一番生活に役に立ちそうには思えないアートであり、哲学宗教思想なのに。。。私がボランティアに行ってるシニアセンターにもう来なくなってしまったが、おばあさんと言うにはまだまだ若かったアルツハイマーの、かなり暴言的行動が多くて、みんなが手を焼いていた人も、私がムーンリバーを弾くと、好きな曲だったのだろう、気持ちが落ち着いて、歌ったりしていた。自分からは、ムーンリバーが好きです、とは言えなくなっても、脳のどこかからエネルギーが生まれて、歌えるのである。それがアートの力である。少女像が何やねん。私は、ロサンゼルスで、頭をなでなでしてきたぞ。(笑)何やら袋をかぶせようとした人間がいたんだって。せこいのお。。アートではないか。袋をかぶせたくなるような力をその像がもっていたのなら、その力を素直に認めればいいだけなのに、たぶんその手の人間は、その力を感じることなく、ただただ少女像の存在が受け入れられずに、ほかの人が見る機会を奪おうとした。。その人間性の程度の低さがいやになる。こっちで、私が駐車場で拾う紙おむつを捨てる人間の恰好をした犬猫と同じレベルだ。。人間の脳なし、である(怒)そんな脳なしのゾンビが社会で力をもつようになって、いよいよモンスターペアレントは学校だけではなく、社会そのもとと化してきた。(悲) アメリカも、脳なしゾンビがうようよしている。乱射事件である。オハイオの犯人のことはあまり聞かないが、テキサスのほうは、白人至上主義者だったようだ。白人がそんなにいいか。乱射事件を起こすのはたいてい白人の男ばっかりではないか。この国のドアホ、精神疾患をもってる人間はどうのこうの、と、病気のせいにしやがった。おい、もし犯人がマイノリティだったら、お前、何と言った? ほら、みたことか、だから移民は追い出せ、とわめいたはずだ。それが白人至上主義者だったら、病気のせいにするのか。。そうよなあ、お前は、白人至上主義者のなかにもいい人はいる、と言ってのけたレベルだからなあ。。どうせ、心の中で、よくぞ殺してくれた、と喜んでいるんだろ。そんなこと、みんなわかっていることだ。お前が人種差別者だ。女性議員に、自分の国へ戻れ、と言ってはばからぬ厚顔なゾンビ。だから人種差別を糾弾することなく、犯罪を、病気だとか、ゲームのせいにした。。それから、誰かがスピーチを書いたのだろう、人種差別はやめなければならない、と、お前が舌を噛みそうな、とってつけたみたいな演説を読みやがって、ラジオで聞いていて実に気分が悪くなった。お前なんだよ、やめなければならないのは。とラジオに怒鳴って、車の運転を間違えそうになった。(笑)この国のドアホもゾンビ。ゾンビだらけの世界。。そしてら、どこかの議員が、こういう乱射事件があるからこそ、いい人間が銃をもちあるかねばならない、といいやがった。おい、お前、みんなが銃をもちあるかねばならない社会がお前の理想社会か。みんなが銃をもってたら、白人至上主義者の犯罪を食いとめることができる、とでも思ってるのか。あっほ。事件だけではなく、銃の事故も増えるに決まってるではないか。あの手の脳なしのアホが議員で、ラジオに出て、ぎゃあぎゃあ言うアホばっかりのアメリカ。ああ、いやだ。。ドアホを応援するゾンビども。。ああ、いやだ、いやだ。わたしゃ、今日もひんやりとした洞窟へ。幸せは洞窟の外にはないなあ。「つながる」必要なんてないよ。(笑)それなのに、「つながる」をやたらと強調する日本のテレビ。。そうそう「のど自慢」を見ていてわかったこと。昔は、1小節か2小節を歌うとすぐにカンと鐘がなって、だめになっていたのに、このごろはサビに移るぐらいのところまで歌わせて、それからカンと鐘がなるようになった。誰かが文句を言ったんだろうなあ。せっかく一生懸命練習してるのに、1小節ではかわいそうすぎるとか何とか。確かに、もうちょっと歌わせてやったら、と思ったことは多々あったが、それでも、へたくそをえんえんとサビが始まるときまで聞くのもつらい。プロは、最初の1小節でわかっているはずだ。いや、予選の段階でわかっていて、番組を組み立てている。 で、そういうのは、初めから歌が目的ではないのである。音程をはずしてがなりたてて、踊って、それから、何々さん、と家族の名前を呼び、愛してるよ、みたいなことを叫ぶ。。くだらん。本物の気持ちは、なかなか言葉にはできないというのに。ハリウッド映画のまねでもしているつもりなのか、ハグやら(そうそう、司会者に抱きつく出演者続出である。。ああ、いやだ)言葉を並べて、虚構のつながりを見せつけるだけ。 「のど自慢」も単なる見世物小屋にすぎなくなった。ハリウッド映画化する日本社会。  一生懸命を大前提に、歌う姿のエネルギーが見る者に力を与えるという構図ではなく、テレビに出た、で、ぎゃあぎゃあ騒ぐ「家族」なるものの虚構。。情けない。。テレビが宣伝する「虚構」が、ますます家にうん10年もひきこもる人を再生産しているのでは。。ああ、いやだ、いやだ。。わたしゃ、さあいざ、洞窟へ。ひきこもりじゃないぞ。(笑)

2019/08/02(金) そりゃもう。。。
なにかと大変。(笑)日本のテレビで、すいかの見分け方を紹介する番組を見た。ようするに、どうやったら、中が割れていない、もしくはぐじゅぐじゅのすいかを見分けられるか、である。一生懸命見た。すいかが食べたかったが、この番組を見るまでは、と我慢していたのである。答えは、音そのものではなく、片手をすいかにおいて、もう片方で軽くたたいて、手に振動があるかないか、で判断するという。へえ、今までたたいてはいたが、たたくことにどんな意味があるのかわからず叩いていた。中が割れていたら、振動しないという。そうか、とすごく納得して、スーパーにすいかを買いに行った。で、頭をかしげてしまった。アメリカのすいかは、枕みたいに横長いのがある。これもおんなじ論理なのだろうか。でも、枕みたいなのは食べる気がせず、結局縦長っぽいのをいろいろ触ってみた。答えーわからん。(笑)振動の意味がわからないのである。すいかを触っている掌がびんびん感じるのか想像していたが、特に何も感じず。(笑)いろいろ触ってみたら、その差が出るのか、といろいろやってみたが、違いは特に感じなかった。ああ、どうせえいうねん。それでもまあ、音がくらあくて低いのか、中であながあいてるような気がしたのでやめた。一体番組で使っていたすいかはどんなすいかだったのだろう。触った人がすぐ、はい、これは大丈夫、みたいなことを言っていたからである。そんなに振動するものだったのか。とにかく、こちらは、あっちこっちのすいかをいったりきたりしながら、10分くらいかけて、とんとん叩き続けて、探していた。今頃、店員が、またあのおばはん、何しとるねん、ぐらい思っているかも、とか考えながら。(笑)ごみ拾いして、棚の陳列を直して、次はすいかか、とか。(笑)とにかく、テレビのようにはいかず、適当に一つ買ってきた。これで切ってみて、大きなクレーターができてたら、テレビはあてにならん、ということにしようと思いながら。(笑)で、切ってみたら、おお、穴がなかった、やったあ。。。(笑)ところが、である。穴はないけど、甘くない。なにこれえ。。(怒笑) これなたら、穴はあっても、もうちょっと甘いほうがいいな、とかぶつぶつ。。そりゃもう、何をやっても大変なことだ。(笑)イリノイの税務局から手紙が来た。余分のお金を払って、きっちり届いたことがわかるようにしたのに、郵便局が、数が多いからと郵便物をスキャンして、配達したという情報を公表しなかったために、心配して、あっちこっち電話をかけまくって、今、私の封筒はどこや、と、調べまくったやつだ。銀行の口座からお金が落ちるまで、無事に小切手が税務局に届いたかどうかわからなかった。あの余分の切手代、返してくれよ!!!と、本気の本気で郵便局に抗議したい。もう絶対に、余分なことはしないぞ。でも、こういうときだけは、税務局はいそいそと手紙を送ってくる。請求書である。納付が遅れた罰金と、しかもその罰金に利子までつけてきやがった。くそ!!! 利子だって。ドアホみたいに堂々と脱税してるやつらはいくらでもいるだろうに、小市民が収める税金に利子までつけるなんて。(怒) 仕事しない公務員の仕事に、なんで利子を払わねばならぬ。私が誠実にも、余分に払った切手代はどうしてくれる。。 くそ、くそ、くそっ。。何が利子だ。あほ、どあほ。。(怒笑怒) 向こうの決定に抗議する道は与えられている。そうそう、駅の駐車場で違法駐車のチケットを切られたときみたいに。あの時は警察に抗議して、無事に払わずにすんだ。今回は、無理そうだなあ。。(悲)政府の決定に抗議するとは、よっぽどこっちの言い分に根拠がなかったら、殺される覚悟がなかったらなあ。。リンカーンかキング牧師みたいに。。(笑 と自分を祭りあげる厚かましい自分 笑)にならねば、誰が利子など払いたいものか。 というわけで、すなおに払うことにする。ああ、来年は考えねば。。何かとほんとに大変だあ。。(怒笑)


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