〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2020/01/19(日) 時代は変遷しても。。
神戸の震災から25年だそうな。このごろの日本語テレビには神戸がちょこちょこ出てくる。震災を経験していない私は、いまだに神戸を裏切ってしまった、みたいな気持ちがある。といいながら、すでに神戸の人口の半分近くは、震災を知らない人たちという声もあったから、もうあまり罪悪感をひきづらなくてもいいのかもしれぬ。震災と聞くとまず思うのが、その前年の6月に亡くなった父親のこと、一人残っている母親に何ができるか、と悩んだこと。確か電話は通じたような気がする。あれから25年か。あの母親もいなくなり、震災を知らない人たちにどう記憶を残していくか、をテレビ番組は訴え続ける。震災のニュースと罪悪感の関係で思い出すのが、戦時中の日系人の歴史である。戦時中、日本へ帰りたがった日系人を、裏切り者として責めることが、長い長いあいだ日系人コミュニティの中で続いた。でも思う、日本が戦争をしている、負けそうだ、負けた、と知って、日本へ帰りたくなる気持ちを誰に責められよう。自分が生まれ育った土地の空気や、言葉をはじめとする文化が自分の骨肉となっている人間にとって、戦争という巨大な負の渦に巻き込まれた国をなんとかして助けたい、と考えるのは普通の人間の性ではないのか。神戸の震災と復興に何も関われなかった私が罪悪感をひきづっているのと同じように。 日系人の過酷な歴史だと改めて思う。それから4分の3世紀が過ぎた。時代は変遷する。それを思ったのが、きのう、新しい洗濯機を回したときだった。25年間働きつづけた洗濯機が、とうとう動かなくなって、排水ができなくなったのだ。25年間の技術の進歩はすごいもので、前の洗濯機のようなうるさい音はしないし、何やらエネルギーもそれほど使わないとか(ほんとかどうかわからず。。笑)使い方もなあんかモダンな感じがする。前のように、手でぐるぐる回すダイヤル式ではなく、すべてデジタルで、ほんとにちゃんと洗ってくれてるのかと怪訝に思い、しばらくじっと眺めていた。(笑)確かに、新しい技術もいいものかもしれぬ、とふと思った。(笑)そうそう、このごろメールを書いてくれる友達もいなくなってしまったが、想像するに、みんなcomputerの前に座ることもなく、スマホとかいう小さな薄っぺらな箱の上を指でなぞって、人と連絡をとってるのだろうなあ、と。確かに便利なんだろうなあ。でも、私はまだスマホをもっていない。もつつもりもなし。。時代が変遷し、技術がどれだけ進歩しても、どうしても譲れない人間の価値の最後の部分を見つめていたいから。はい、頑固でござる。技術が嫌いな頑固者ーそんな人間が世界でたった一人でも残っていることが、ほんとは人間世界の進歩につながる??(笑)それにしても、今ふっと思った、神戸の家の洗濯機は25年どころではないぞ。私の結婚前から使っていた物だから、もう35年以上の労働である。まだ動いて排水もするから、使っているが、ほんとに洗ってくれてるのか、実に疑問である。(笑) でもいいや、縁あって、私に与えられたものは、使いきる。それがその縁への感謝の気持ちと考えるから。自分自身も、である。それが”生かされている”ということ。


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