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2007/09/10(月)
おばちゃん(;O;)
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なんだかんだ言ってる間に、アッという間に9月である。 やれ、台風だ、何だと大騒ぎしてたそんな矢先、悲しいことが起きた。
いつも、仕事が終わると、まず、ロッカーで荷物を入れ替える。 個人情報がどうのこうのということで、うちの会社は、私物を持ち込むときは、透明なビニールバッグに入れ替えさせられるのである。携帯は持ち込み禁止なので、ロッカーに入れる。 よって、携帯を確認するのは昼休みと帰りということになるのだが、アタシは面倒臭いので、昼休みに確認などしない。
で、今日、帰りに携帯を見ると、実家からの着信履歴が。 いつもくだらんことで留守電が入っているので、別に気に留めず、姉ちゃんからのメールを見た。 すると、『落ち着いて読んで』というタイトル。 この時点で、すっかり落ち着きを無くした。いい事であるはずがない。
悪い知らせであることはわかっていたが、内容を読んで呆然となった。本家のおばちゃんが交通事故で亡くなった。即死だった。という。
本家のおばちゃんというのは、うちの父ちゃん兄弟の長男のお嫁さんで、実際アタシとはまるっきり血が繋がってない人なのだが、アタシは、親戚中で、このおばちゃんが一番好きなのだ。
おかんが長年勤めてきた仕事を辞めて、家にいるようになってから、おばちゃんと旅行に行ったりすることが多くなった。 で、アタシもお邪魔して、去年の秋に初めて一緒に旅行したのだ。
それまでは、そんなに深く付き合ったことがなかったので、アタシもおばちゃんも、お互いに、大丈夫か?という不安があったのだが、すぐに打ち解けてしまった。それは、このおばちゃんが本当にいい人だからである。
一言で言えば、気遣いの人だ。 アタシは、人に気を遣われるのが大の苦手で、むしろ放っておいてくれることが最大の気遣いだ などと思ってしまう奴である。 そのため、その人の気遣いが、周囲の目を気にしての気遣いであるか、あるいは心からのものか、に対して、非情に敏感だ。
そんなアタシが、『この人は、凄い人だ』と、参ってしまった。 ものすごく気を遣ってくれるのだが、すべて自然なのである。 無理をしているのではなく、身についてしまっているのだ。 こんな人は初めてだと思った。
父ちゃんは兄弟が多く、親が早くになくなっているので、長男のおじちゃんと、その嫁のおばちゃんが親代わりみたいなものであった。貧しく、しかもうるさい小姑もいて、そんな中に、自ら飛び込んで、ずっと苦労してきた人である。
おじちゃんも、何年も寝たきりで、その看病にもえらい苦労をした。でも、その後は、息子の家族に囲まれ、カラオケ教室に行ったり、旅行に行ったりして、ようやく自由で楽しく暮らせるようになった。
おばちゃんのお母さんは、100歳を超えているが、まだご存命である。おばちゃんも病気ひとつしないし、きっと長生きできるねと、おかんと話していた。 まさか、こんなに急に逝ってしまうとは、思ってもみなかった。 しかも、事故なんて。
でも、姉ちゃんともメールで話したんだけど、なんだか最期までおばちゃんらしい。長患いして家族の手を煩わせることもなく、アッという間に去ってしまった。最期まで気遣いの人だった。
静かで、つつましく、優しくて、凛とした、これぞ、日本女性 !という人だった。いや、むしろ、生き様、死に様が侍である。
そしてアタシの着物の師匠でもあった。自分の着物を解いて、何枚も作務衣や二部式着物を作ってくれた。お気に入りという、反物もくれた。まだ、お仕立てもしてないのに、形見になってしまった。 さっさと仕立てて、着てみせてあげればよかった。
電話で、おかんばかりか父ちゃんも泣いているので、心配になって帰りに寄ってみたら、父ちゃんはイビキをかいて寝ていた。
喪服がないので、西友に買いに行くというと、おかんがくっついてきた。あーでもない、こーでもないと言いながら、ひと揃え買って、37000円ばかりをカードで買う。
おかんもついでに買い物をするというので、くっついて歩いた。 『なんでこんな時間にとうもろこし買ってんだろうね』と言いながら、おかんが一生懸命とうもろこしの皮を剥いている。 それを見ながら、思わず『お母さん、生きてるっていいよね。こんな風に、とうもろこしの皮を剥いてられるのって、シアワセなんだね』と言うと、『そうだよね〜』と、おかんも強く同意した。
うちに帰ってきて、風呂から上がり、上高地に行ったときの写真を見て、泣いた。
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