独りごちる。
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2012/01/31(火) 横浜散歩。
お母さんの銀行口座の手続き等に必要とのことで
今日は、休みを取って、印鑑証明やら謄本やらを貰いに行ってきた。
結婚して本籍が横浜になったので、謄本は横浜まで取りに行く。
相方の宅建の手続きもあったので、一緒に横浜まで出かけた。

まず地元で印鑑証明をもらい、そのまま横浜へ。
関内からスタートして、すべての手続きを済ませるまでに
歩く、歩く。

そして手続き関係が終わったあと、今度はご飯を食べるために
また歩きに歩いた。

散々歩いて、19時近くに地元に戻り、焼肉屋さんで一杯。
帰ってきてから疲れてグーグー寝てしまった。

疲れたけど、楽しかった。

結婚式をしたホテルの前を歩いたときに
衣装合わせで、お母さんをつれてきたときのことを思い出した。

おかんは、式場の人たちに、私の結婚のことや相方のことを
とても自慢気に話していて
あまりに自慢気で恥ずかしいので、あんまりそういうことを
言うんじゃない、と、たしなめたものである。

お母さん、嬉しかったんだなあ。誇らしかったんだろうなあと
しみじみ思った。

最後に親孝行できて、本当に良かった。
と、ホテルを見上げて、懐かしく、寂しい気持ちになりながらも
ちょっとホッとしたのである。

2012/01/29(日) 父ちゃんに
おかずをたくさん持っていった。

相方がお酒の相手をしてくれて
父ちゃんはうれしそうだった。

夜はお酒を飲んで寝てしまうので
それほどさびしくはないそうだ。

問題は、朝起きて、掃除やら洗濯やら一通り済まして
ほっとした瞬間らしい。
まだ、昼間に時々涙がこぼれるそうである。

前回行ったとき、忘れた、と
誕生日だからとポチ袋にお金を入れて、くれた。

毎年、お母さんが、手紙と共に、そうやってお金をくれたのである。
家に帰ってみてみると、小さなメモ紙に一言添えてあった。

誕生日おめでとう
お母さんと共に喜びましょう
前向きに頑張ろう

と。

ポロポロと、涙がこぼれた。

写真は、実家に向かう途中で。

2012/01/28(土) 引越しが
近づいている。

一ヶ月の今日、私は最終出勤日を迎え
そして翌日からは、夢の専業主婦になるわけだが
その前に、引越しがある。

旦那さんの海外赴任で長期留守となっている相方のお姉さん宅が
我々の引越し先である。

先日、初めて中に入らせていただいたのだが、広くてビックリ。
キッチンも、夢が広がる広さである。

今日は、どこに何を置いてどう暮らすか、を確認するため
もう一度、見に行ってきた。

輸入住宅とのことで、作りもオシャレだ。
中は吹き抜けで、庭のバルコニーも広い。
まさか自分が輸入住宅に住むことになろうとは、思っても見なかった。

初めて一人暮らしを始めたのは、30の時だったが
ボットン便所じゃないのが不思議なぐらいの、トタンの超ボロ小屋だった。
最終的には、あまりの老朽化に取り壊しが決定し
「これ以上住むと危ないから」と言われて、出ることになったのである。

次に住んだのが、10年暮らしたアパートだ。
なかなか住み易かったが、下の音はかなり響いた。
アタシが出た後は、未だに次の借り手が現れない模様である。

そして今のマンション。
で、次が一軒屋と。

考えてみると、ボロ小屋→アパート→マンション→一軒屋 と
引っ越すごとに、レベルアップしているのである。
まるでゲームのように。

いずれにしても、仕事を辞めたあと、庭つきの家でのんびりできる、というのはありがたいことである。
一ヶ月後が楽しみだ。

お義母さんに、お寿司をご馳走になり
大根と白菜を頂いて、帰ってきた。

で、早速、大根と白菜を使って
明日、父ちゃんに持っていくおかずを
またしこたま作ったのだ。

あー、疲れた。

2012/01/21(土) 今朝も
相方がパスタを作ってくれました。
ワーイ!!と食べて、それからまた「眠いー」と二人で寝て
とうとう15時まで爆睡。

起きてから買い物に出かけ、本日の夕飯の餃子と、
明日、父ちゃんに持っていくおかずをたくさん作り
途中、夕飯を食べて、また作り続け、終わったときには0時を
超えていた。

おかんがよく作っていた金時豆を、土鍋で煮てみた。
CookPad で一晩水につけなくても、二時間でできるというレシピを見つけてやってみたのだが、結構うまくできたのである。

明日、父ちゃんが喜んでくれるといいけど。

2012/01/19(木) 久しぶりに
お弁当をつくりました。

明日は雪とか。

あまり降らないといいけど。

2012/01/18(水) 一ヶ月。
お母さんが逝ってしまってから、一ヶ月経った。
年をまたいだせいか、なんだかもっと経っているような気がする。

少し、振り返ってみよう。

おかんが最後に入院した日の夜のこと。
その日は12月11日、日曜日。


入院を嫌がり、ずっと自宅でがんばっていたおかん。

アタシは金曜日から休みをもらえるようにしていたので
12月9日(金)から実家で寝泊りしていた。

9日、外来に行ったとき、主治医が「こんな数値は見たことがない」とびっくりするほど、容態は悪化していた。

もう、自宅では無理だと思っていた我々は、むしろ主治医の口から、おかんに入院を勧めてほしいと思っていたのだが
なぜか入院を勧めない主治医。
仕方なく、そのときはそのまま帰った。

おかんは、元々食べられないのが、更に落ち、しかも夜中に突然吐くようになっていた。

二日か三日続けて吐き、その夜もまた吐いたので、姉が来て入院を勧めたが、おかんは拒否。

翌晩も吐き、体力は見る見る弱まっていった。

11日夜、アタシはお風呂から出て、髪の毛を乾かそうかな、
というときだった。

ピンポンとナースコールが鳴った。
「おかあさん、どうしたの?」と聞くと、じっと座ったまま、黙っている。父と二人で、どうしたの?痛いの? と、いろいろ聞いていると、「どうするんだっけ」「このあとどうするんだっけ」と、わけのわからないことを言っている。

更にいろいろ聞いているうちに、自分から、病院にいきたい。と、言い出した。今からでも、行けるの?連れて行ってくれるの?と。

家に居たいため、限界まで我慢したものの
ついに、痛みに耐えられなくなったのだろう。
とうとう、自分から、入院したいと言い出したのである。

そこから急いでみんなで支度し、大騒ぎして車に乗せて、救急外来に連れて行ったのである。

そこで寒いところで何時間も待たされて、今度は父ちゃんが参ってしまった。
「お父さん、帰った方がいい」と、父ちゃんを家に連れて帰り、そしてまた病院へ戻った。

ふと空を見ると、月が地球の影にすっぽり隠れていた。

月食である。

なぜか、この瞬間を、写真におさめておかねばならない。
という気になって
アタシは、そのような緊急事態であるにもかかわらず
欠けていく月を夢中で写真に収めた。

なんとなく、月とともに、おかんの命が消えていくような
そんな気がしたのである。

あとで見たら、わけのわからない写真になっていた。

2012/01/16(月) 誕生日。
45歳になりました。
あー、とうとう、こんな年に。

白髪も増えるわ、老眼は進むは
そりゃ、アタシがこの年なら、母ちゃんも死んじゃうわ。
などと思ったりして。

誕生日といっても、ワーイ♪などと、決して喜べる年ではない。
が。

帰ってきたら、相方が、しゃぶしゃぶの用意をして待っててくれた。
そして、「はいっ」と渡された便箋には
筆ペンで、「誕生日おめでとう●ちゃん」と
書かれていた。

おどろおどろしい字ではあったが
超うれしかった。

更に、冷蔵庫をあけたら、ケーキがどっさり。

ワーイ!!
誕生日バンザーイ!!

まさに至れり尽くせりである。

優しい相方。
悲しみを半分に、喜びを倍にしてくれる。
そんな相方が、アタシは本当に大好きである。

毎年、誕生日には、母ちゃんが、手紙と共に、お金を入れて
送ってくれた。

今年は、来ない。
いや、もう二度と来ない。

でも、アタシには、相方がいる。
これでもか、というぐらい、お祝いしてくれる相方がいるのだ。

だから大丈夫。
お母さん、アタシは、大丈夫だよ。
と、心の中でつぶやいた。

よかったね、●ちゃん。
という、おかんの声が聞こえたような気がしたのである。

2012/01/15(日) 辻堂テラスモール
私と相方はインド料理が大好きである。
近くのインド料理屋さんに、しょっちゅう行く。
先週はいつも行ってるところとは別のところに行き
今日も、初めてのお店に行ってきた。

今日のところは価格も安くて、味も私好みで、とても気に入った。
その後、まだ行ってなかった、辻堂テラスモールへ。

しかし、予想はしていたものの、やはりものすごい人だかりである。
人だかりが大嫌いな私と相方は、グルグル見てさっさと帰ってきた。

そして今日も、相方がパスタを作ってくれたのである。

2012/01/14(土) 浅草。
毎年、この時期になると、浅草に行くことに何となく決まっている。
ということで、今年も行ってきた。

今年で三回目と思っていたら、うちに帰ってきて数えてみたところ、四回目だった。

毎年、スカイツリーの出来上がり具合を楽しみしていたが、今年はついに外観は完成。

今年はもしかしたら来れないかも、、と、思っていたが、また来れてよかった。

おかんにも見せてやりたかったが
いやいや、むしろもっと高いところから、「スカイツリーなんて、小さいよ」とか言いながら、見下ろしてるに違いない。
と、思うのだ。

お蕎麦を食べたり、ビアホールでビールを飲んだりして、楽しかった。

2012/01/13(金) 今日も
相方が、ごはんを作ってくれた。
鶏のカチャトーラと、アーリオオーリオだそうである。
アタシはほうれん草のポタージュだけ作って
あとは一杯やりながら、相方が作ってくれるのを待っていた。

片付けも、せっせとやってくれました。

うーむ。。。。。シアワセ。


神様は、おかんを連れて行ってしまったけれど
その前に、相方をアタシに与えてくれた。

チクショー。
でも、アリガトウ。

不幸だろうか?
いや、シアワセである。

要するに、人生って、そんなカンジ。

1月絵日記の続き


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