今日の伝票
店主の日記
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2005年11月
前の月 次の月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
最新の絵日記ダイジェスト
2016/05/09 薫風
2016/04/01 4月
2016/03/26 福岡
2016/03/20 子ども体験会
2016/03/13 豊橋

直接移動: 20165 4 3 2 月  201511 10 7 6 5 3 1 月  201412 11 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201312 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201212 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 月 

2005/11/18(金) 人の一生について
晴れ!またもや晴れ。でも確実に寒くなってます。

今日は、初めて人の最期の瞬間に立ち会いました。
以前よりこのことを記すことは躊躇っていたのですが、人の真の力を思い知らされたのであえて書くことといたします。

その人とは、私の伯父で、進学の際には保証人になってくれた人です。
3週間前ほどからいつ亡くなってもおかしくないという状況にありました。
その最期の時に幸い私は、立ち会うことも出来、またその家族や孫は全員、兄弟や甥・姪のほとんどが立ち会った中での臨終という場面でした。
朝、連絡をもらい、病院に駆けつけた時はすでに心拍数や脈拍を機械によって計る装置が付けられていたにも関わらず、話しかけると声は出せないにしても息が荒くなったり、心拍数が明らかに劇的にあがるという姿がありました。
こういう状態でも意識はちゃんとある!と実感した瞬間です。
それから50分後、いよいよ心拍数が落ち始める状態になっても、それは続いていました。しかし、力尽きてしまいます。それでも反応はします。
医師が病室を訪れ、その機械の見方を教えてくれて初めてわかったのですが、心拍数を表わす数値の表示が緑色の状態は心臓が動いている、赤になると心臓が停止している状態とのこと。すでに数値は低く、しかし時々高くなるにしても色が赤である状態が大半を占めます。
0の数値を示しました。しかし、その後また復活します。緑です!しかし、徐々に赤の場面が増えていきます。
それをだんだんに繰り返し、ほぼ赤だけの表示になってしまったのですが、それでも数値はまだ数を刻んでいるのです。これが、心臓停止、しかし、脳は生きている状態なのでしょう。でも声をかけると確かに明らかに数値は上がります。赤い数値だけになっても数値は動きます。
数値は、完全に0。心拍数を表わすグラフも棒線のままです。もう動きません。その時、一番上の伯母が駆け込んできました。伯母が声をかけます。あー、間に合わなかった!誰もがそう思った時、数値が一瞬上がりました。
実際に数値が上がったのを見たのは、私の妹ただ一人です。「あっ!上がった!まだ大丈夫!」思わず叫びます。が、悲しいことにこれが最期でした。
その後、医師が最後の確認をし、臨終を告げました。先ほどの説明の通り、すでに心臓は停止していながらもこうして皆さんに対して反応はしているのですとの説明が加わりました。
その後、自分の体を役に立ててほしいと予ねてよりの本人の希望により、病理解剖が行なわれ、病状や症状に関する研究のための提供を行い、実に綺麗な姿で家に戻ってきたのです。
1年前、腎臓の回りに肉腫という細胞や脂肪に出来る悪性の腫瘍の手術を受け、一時は仕事にも復帰していたのですが、その再発で、しかも再発は水溶性の肉腫という特殊なもので現代の医学でも100%の再発を防ぐすべもなく、5ヶ月間痛みに痛みを重ねてきた最期は、もっとも安らいだお顔だったことが幸いでした。

最後に来た伯母の孫に当たる子が、帰りに言っていました。
「ぼく、機械の中にあったまっすぐな線が、小さな△になるのを見たよ」彼の目線は、子どもであるためにまさにその機械の数値やグラフにあったのでしょう。私の妹ですら数値は見ていてもグラフは見ていません。
ということは、この奇跡的な反応を実際に見た人は2人だったわけです。

ちなみに私の祖父(今回の伯父の父)は、最期の日に突然起き上がり、ビールとアイスクリームを食し、そのあとまた眠り、最期の瞬間には目を開け、集まった人の顔をゆっくりと全員、一人一人確認するかのように見て静かに目を閉じ、そのまま眠りについたそうです。
やはり、祖母も眠ったままの穏やかな表情で逝ったそうです。
また、別の伯父の場合、薬によってすっかりむくんでいたのですが、その瞬間を迎えた直後からむくみが取れ、穏やかなお顔に戻ったそうです。
医学的にそういうものだと言われれば、それまでですが、私はそういうことではない、何かがあるのだと信じています。

人の生命力、たとえ心臓が止まっても反応できる力、医学や科学では解明されていない事実がここにあった!と思う瞬間でした。おそらくは意識の中で最後に来る人を待ってくれていたのでしょう。人間の神秘、真の力としか言いようがありません。

精一杯に頑張り、だれにも迷惑をかけまいと入院後も痛さも精一杯我慢し、さらに自分の体以上にその後のことを考えていた、真の強さを持った伯父に拍手を送るとともに労いと感謝の意を表します。
とともに、自ら諦めてしまわないこと、みんな精一杯頑張れと自ら示してくれていたのだと・・・。

今後いろいろなことが起きると思います。
これは我が家の家系でしょうか、そのたびにいろいろな現象が起きていますので、間違いないと思います。
ちなみに今日は、大潮。さらに満月の2日後。すでに亡くなった祖母(伯父の母)の誕生日の前日。きっと今頃は、天国でお誕生日をお祝いの準備をしているのではないでしょうか。

PS.大潮。さらに満月の2日後の日には統計的にもっともそういった出来事が多いそうです。今日、友人の家でも同様に不幸があったそうです。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.