私事の毎日をボチボチ、マイペースで綴って行きます。
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2007/05/11(金) 「それはよかったな」の言葉
 その時の『じろりん』は、とても残念で悔しい思いで、その言葉を聞きました。

 東京の仲間が送別会を開いてくれた時のことです。「今度、姫路に帰る事になりました。」と言うと、仲間から「それは、惜しいね、勿体無いね!」という言葉が一様に返ってきました。
 
 でもその時、『菊間さん』というミュージカル俳優さんに「それはよかったな!」と言われ思わず心の中でズッコケてしまいました。

 『菊間さん』の言うには「この芸能界には夢がある、確かに明日、どんな大きな花が咲くかもしれない。そう思って、みんな止めるに止められず、ズルズルと時間が経ち、いつの間にか歳をとっていってしまうんだ。」

 「だから、帰る踏ん切りがついたということは、それはそれでよかったな!という意味だよ。」と言われました。

 『菊間さん』の言葉の意味の深さが、その時の『じろりん』には分らず、ちょっと悔しい思いで、その言葉を聞きました。

 先日、『ウチくる』というTV番組で『マツケンサンバ』の振り付けで、一躍有名になった『真島茂樹』さんの思い出の店や人が特集されていました。

 なにげなく見ていると、その『菊間さん』が出て来て、『ギター侍』の『波田 陽区』と絡んで『真島茂樹』さんの思い出をギャグっていました。

 『菊間さん』と『真島茂樹』さんは『森繁久弥』さんの『屋根の上のバイオリン弾き』で共演した仲間で、それ以来の付き合いがあるらしいのです。

 『菊間さん』はいい感じで歳をとられ、今、店のマスターをされているようで、人生を楽しんでおられる様子が見うけられました。

 でも今の『じろりん』は、『菊間さん』に負けず、人生を楽しんで通っていると思っています。それは、自由に伸び伸びと音楽を楽しみ、そして色んな人との出会いがあるからです。

 今あらためて『菊間さん』の、あの言葉をかみ締めて見ると、あの時、思い切って姫路に帰る決心をして、本当によかったなと、つくづく思う『じろりん』でありました。

2007/05/08(火) 新人の『中島みゆき』さん
『じろりん』が『小林アトム』君とコンビを組んでいた時、天理で青年会総会の前夜祭に出演の依頼が来た。コンビを組んで日も浅かったが精一杯つとめた。

「こんなにうけても良いものか?」と思うぐらい大いにうけた。とにかく、一言しゃべるごとに会場は大爆笑になった。それは、アトム君が天理高校出身で、その友人たちが客席の前列にズラーッと陣取っていたからだった。

その前夜祭に新人の『中島みゆき』も出演していた。リハーサルの時、当時天理高校生だった姫路の飾東大教会の紺谷美恵ちゃんに「『中島みゆき』のサインをもらってくれ。」と頼まれた。

私は東京でたくさんのTVタレントを知ってはいたが、『中島みゆき』は知らなかった。軽く「いいよ!」と返事をして『中島みゆき』さんにサインを頼んだ。気安く大学ノートにボールペンでサインをしてくれた。『中島みゆき』の舞台は大いに盛り上がった。

同時に出演していた天理大学のアルス・ジャズ・オーケストラも異常に盛り上がり興奮していた。予定外のアンコール曲も何曲も歌った。私は、この時はじめて『中島みゆき』の歌を聴いた。

当時、『時代』という曲がヒットしていた。その後、次々とヒット曲を生み出していった。ちなみに彼女は修養科も出ている『よふぼく』である。

呉智英という作家が「バカにつける薬」(双葉文庫)という本の中で、「『中島みゆき』は『中山みき』である」という大胆な理論を展開している。「中+(島の中の)山+み(ゆ)き」と言うことだそうだ。
 
ちょっと、無理があるのではないかな!と、私は思うのが・・・

2007/05/02(水) 天才音楽家『山本直純』さん
 大竹しのぶさん主演のミュージカル『にんじん』の音楽を担当されたのが「大きい事はいい事だ!」のキャッチフレーズで有名な天才音楽家、『山本直純』さんでした。

 舞台千秋楽の打ち上げパーティーを『じろりん』と『小林アトム』君(元・劇団四季)のバイト先のパブ『四谷三丁目・ジル』を貸し切りで行うことになりました。

(小林アトム)→http://dir.yahoo.co.jp/talent/10/m07-0816.html

 会場準備の時に、店の入口に何気なく『にんじん』を数本、飾り付けました。

 千秋楽の舞台が終わって、出演者やスタッフが三三五五集まってきました。すると、ドアが勢いよく開いたかと思うと、大きな声で「こんな物が飾ってあったよ・・・」と言って『にんじん』をかじりながら入ってこられたのが、『山本直純』さんでした。

 店内の雰囲気が一変に和やかになりました。

 皆さんが揃いパーティーが始まりました。『じろりん』と『アトム』君のショータイムも盛り上がり、大いに喜んで頂きました。その後、『山本直純』さんが店に置いてある、長い間弾いたことのない白いピアノの前に座って、鍵盤を押さえ「これは、調律が随分狂っているな!」と言いながら構わずに弾き始めました。

 店の中はヤンヤ、ヤンヤの大騒ぎになり、歌う人、踊る人それぞれでいやが上にも盛り上がりました。

 音楽家、『山本直純』は、細かいことや難しいことにこだわらず、音楽の楽しさクラシックのおもしろさを大衆に伝えた偉大な音楽の伝道師だったのかも知れない。

 ちなみに、教祖八十年祭当時(昭和40年前後)に大いに歌われ、よくフォークダンスで踊られていた『心の花を咲かせよう』という曲は、『山本直純』さんの作曲でありました。


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