私事の毎日をボチボチ、マイペースで綴って行きます。
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2008年3月
前の月 次の月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
最新の絵日記ダイジェスト
2012/07/07 人権講座ライブ
2012/06/03 三左衛門堀・川まつり
2012/05/10 ラジオ関西「お元気ですか春名祐富子です」
2012/04/20 人生最後の日に!
2012/04/09 ホタテのロックンロール

直接移動: 20127 6 5 4 3 2 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 1 月  200612 11 10 9 8 7 月 

2008/03/03(月) 『じろりん』東京に向かう!
  昭和47年、高校卒業式の次の日、夢と希望と熱い思いを乗せて、夜行列車『銀河』は東京に向かっていた。

  そして、兄貴の知り合いの演出家『望野智』先生の紹介で『日生劇場』の大道具となった。

『日生劇場』の大道具時代は、暗い、暗い、穴倉のような生活でした。今となっては『有りがたい経験』だったと思えるのですが、『テレビ』に憧れている、二十歳前の『じろりん』にとっては、余りにも地味でした。

 そんな時、『日本テレビ』が、局のスタジオを使用しながら、未来のタレントを養成するため、錚錚たる講師陣で『総合タレント学院』を立ち上げる。と言う内容の新聞記事があり大変興味を持ちました。

 授業は、演劇理論・お笑い理論・ダンス・殺陣・日本舞踊・メイキャップ・声楽etc..で、私の思いにピッタリの内容でした。しかし、問題が一つありました。それは夜間の授業だと言う事でした。

 劇場の仕事は、殆ど夜間が多く障害になっておりましたが、『じろりん』の強い思いを大道具の親方に相談すると、昼間は『日生劇場』と同じ俳優座美術部の『NETテレビ』(現・テレビ朝日)の大道具として働いて、忙しい仕込みの日だけ、劇場を手伝うと言う便宜を図って下さいました。

 この『日本テレビ総合タレント学院』で、思いを同じくする多くの仲間に出会えた事は、その頃、東京に出て来たばかりの『じろりん』にとって、大いに心の支えになったように思います。

 ここの出身者で、今でもかなり業界で活躍している人が多くいるようです。後輩にはタレントの『三宅裕司』がいます。


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.