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2010/07/07(水)
訃報・松本滋先生
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『みちのとも』の出直し譜を見ていたら、3月19日に『松本滋先生』(77歳)が出直されたと書いてあった。
高校卒業後上京して、よく参拝していたのが『東大教会』だった。上野駅から歩いてすぐの一等地である。参拝場に大きな額が掲げてあり、たしか『天理教教会本部発祥の地』と書いてあったと記憶している。そして、神殿の真下には本席様よりお許しを頂いた『清水(せいすい)の理』の井戸があり、こんこんと清水が湧き出ていた。
『栗原健次』君とコントのコンビを組んでいた頃、『東大教会』の講堂を借りて、稽古をしていました。その後『小林アトム』君と組んでいた頃は、ひのきしん(掃除)をしたり、泊めて頂いて青年さんと麻雀をしたり、夜食をご馳走になったりしたことも度々でした。食って行くのが大変な時期でしたので大いに助けて頂きました。
夕刻になると、よく家族で参拝にこられ、その後、会長宅へ挨拶に行っておられた一家がありました。ある時、青年さんから「あの人、誰だかわかる?」と聞かれた。「知らない!」と答えると、「あの人が、松本滋先生だよ。」と教えられたが、その時は、どんなに偉い先生か知らなかった。
『松本滋先生』は、東京大学・宗教学科卒業後、同大学大学院を修了され、アメリカのハーバード大学大学院にも留学されて、当時は聖心女子大学の教授であり、天理教谿郷分教会の会長でもありました。(多くの著書もあります。)
貧乏芸人に営業の仕事をやろうと思われたのか、何の記念祭だったのか忘れましたが、谿郷分教会に呼んで頂いたことがありました。今、考えてみると「多くの人にお世話になって来たんだなぁ・・・!」と、つくづく思います。
平成十八年『教祖120年祭』の登殿参拝の時、大勢の教会長さんが並んで待っておられる中に東大教会の一団を見つけました。当時、青年さんだった方々が立派な会長さんになっておられ、「松本滋先生はお元気ですか?」と聞くと、「今日、一緒に登殿参拝されていますよ。」と教えていただいた。ふと見ると、大勢の教会長さんの中に何気に並んでおられる先生の姿を発見したのでした。
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