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2009/05/16(土) その1
 その街は美しかった。古い建物が連なる街だったが、屋根の瓦はきちんと塗られ、暖かくなれば植物や花があふれ、その佇まいには品があった。他の地域に比べ、その街だけはそこそこ治安が良いということで評判だった。裏通りをわざわざ覗き込まなければ、犯罪に遭うことも殆どない。もしも戦争などが起こらなければ、この街の平和は永久に続くであろう、そう思われた。
 その通り、街には長いこと何も起こらなかった。平和が続いた。しかしある時、この街を含むこの国は、戦争とやらに加担したらしかった。
「旦那様が連絡を下さったのはこのためですよ。読まなかったのですか?今朝の新聞を?」
「わざと読まないようにしていたのだ。だが、勿論!そろそろこうなるであろうな、という気はしていた」
「本当でしょうか……」
 黒いスカートにエプロンを着けた服装から、恐らくメードであると思われるその女性が、歩きながら首をかしげた。その少し前を歩いている男は、育ちの良さそうな表情を浮かべ、高そうな上着を羽織っていた。頭上の澄んだ青空と太陽を反射して光る眼鏡は、知性の象徴というよりは、経済的な裕福さを表しているように感じられる。
「経験とは、新聞で積むものではない。戦争も同じだ。肌で感じるものだよ」
 男が悠々と語るのは、その風貌とはあまりにも矛盾した台詞であり、これでは本人はさして頭は良くないであろう、ということが窺い知れた。しかし自らの少ない知性を気にするような繊細さは持ち合わせていない様子である。メードは顔に出さずに呆れ返っている。二人が通りを歩いて街の中央付近にあるちょっと豪勢な屋敷に到着すると、ここが彼らの住居なのであろう、出迎えの者と共に初老の男が現れ、眼鏡の坊やに耳打ちする。
「お手紙が。お部屋の方に」
「手紙?母上だろうか。わかった、目を通しておこう」
 果たして、彼が部屋に戻ると、その美しく磨かれたテーブルの上には、金の混じった赤い蝋で封のされた一通の手紙が置かれていた。封筒の裏には差出人として母親の名前が書かれている。彼の母は時々こうして手紙を寄越すことがあり、中身は大抵、彼を気遣う内容や、さして読まずとも問題のない退屈な話だったが、それでも一応彼自身に宛てられた手紙である。欠伸をしながらもしっかりと目は通すものだった。
「いい加減に子離れして欲しいものだ」
 そう言いながらも、本人が母離れ出来ていないちょっとマザコン入っちゃってる彼は、ナイフで封を切ると、豪勢なクッションで覆われた高そうな椅子を乱暴に引き寄せ、寄り掛かるように深く座り、その手紙を読み始めた。

  親愛なるシェローロ=シルバーベル様――
     今夜、貴方様のお命を頂きに参りたいと存じます。
      よろしければ月が天頂に掛かる頃、お屋敷の梨園までいらしてくださいな。

「はーん?」
 まったく要領を得ないといった声を出しながら、彼――シェローロ=シルバーベルは顎に手を当て、首を傾げた。この手紙はおかしい。まず、署名がない。そして、非常に短い。これはどう考えても母親からの近況報告に始まる長い手紙ではない。かといってあの母がまさかこんな手紙をよこすであろうはずもない。おそらく母親の手紙を装った殺害予告か、イタズラか、他の何かであろう。だがシェローロはごく一般的な議員の息子であり、殺しても大して利益の出るような存在ではない。もし殺害予告だとしても、文面がおかしい気がする。「よろしければ」って、あーた。「くださいな」って。天気のいい日に街に出てきて宣伝している花屋の女の子でもないだろうに。命を頂きに行くのにそんなに軽い文面でいいものだろうか?というか、そもそも命を頂きに行くのをこんな手紙でわざわざ教えてしまっていいものなのだろうか?命を頂くとか言いながら、何故わざわざ場所を指定し、こちらを呼び出すつもりでいるのか?不可解であった。しかし。
「これは……つまり……」
 ラブレター。そう。恋文の一種ではないだろうか。普通の殺害予告ならわざわざ場所を指定して呼び出すのはおかしい。母親の名とサインを騙っているのは、以前からこの屋敷への手紙の流通を知っている者が、この方が確実に自分に届くと確信してのことだろう。告白としては些か過激だが、なるほどー。こういうのも悪くはない。
 傍から見れば滅茶苦茶な納得の仕方をして、シェローロは「ほー」とか「へー」とか呟きながら頷いている。それどころか(こんな手紙を送ってくるとは、一体どんな子なのだろう?かわいい子だろうか)といったようなことを考えていた。この時点でシェローロには、これを送ってきたのが男だったらどうしよう、たちの悪い、良からぬ輩だったら、などという現実的な考えは無かった。まことにおめでたい頭という他はなく、このような男がこのお話の主人公では、先が思いやられると言う他ない。


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