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2009/05/19(火) その4
 屋根に上るためには、屋敷にいくつかある屋根裏部屋に入り、その窓からよじ登るのが一番近い。幼少の頃の経験を基に、シェローロは廊下へ出て物置部屋への階段室を通り、鍵のかかっていない木の扉をこじ開ける。隅の壁にかかっている梯子を軋ませながら上ってゆくと、そこが屋根裏である。小さい頃は十二分に広く感じられたものだが、今となってはその秘密基地も埃臭く、狭苦しくて、動き辛いことこの上ない。手探りで窓を探し、開けておく。遠く教会の鐘楼越しに沈んでゆく夕日が、丁度ここからよく見えた。幾らか懐かしい気持ちになりながら、窓を半開きにしたまま屋根裏を降り、廊下へ。眼鏡を拭い、服に付いた埃を掃っていると、馴染みのメードが声を掛けてくる。
「どうしたのです、埃塗れですよ」
「探し物をしていたのだ」
「そうですか。最近の坊ちゃんの探し物には危険が付き纏うようですから、なるべく人を呼んでくださいね。こちらはお食事が終わるまでに掃っておきます」
 夕食が終わった頃、例によって初老の男がやってきて、手紙が届いた旨を耳打ちする。どうも近頃は手紙が多い。今が戦時中で、形だけとはいえ戦地へ赴く友人が多いことも関係あるだろう。だが彼らの手紙を読むと、わざわざ自ら死亡フラグを立てる必要もないと思う。部屋に帰って宛名を見ると、友人から三通、これで学生時代に仲が良かった人間から全員手紙が来たことになるので、手紙も暫く落ち着くだろう。それから珍しいことに、父親から一通。彼の名誉の為に一度シェローロも兵隊に志願して欲しい、志願兵として戦地へ赴かない場合でもそのうち徴兵のお知らせが来るだろう、という嫌な頼み事と予言が書かれている。利己的なシェローロとしてはどうにか回避したい所である。食事の前に読んでいたらきっと食欲が落ちていただろう。手紙を引き出しにしまったところで、メードが部屋の扉をノックし、遅くなってしまって申し訳ありません、見習いが外で梨の木を傷付けてしまいまして、などと適当に謝りながら上着を置いて行く。彼女はなんとなく落ち着かないシェローロの様子に気付いたようだった。
「今夜も探し物ですか?煙草入れを?」
「まさか、とんでもない。考え事だ」
 何だかんだでシェローロは下心を復活し、今夜は屋根の上で逢瀬ごっこする気満々だったのである。ここまで頭が軽いと、シルバーベル家の馬鹿息子と噂されるのも仕方がないと言える。

 深夜、折角手入れしてもらった上着を再び埃塗れにしながら、シェローロは屋根裏の窓から外によじ登り、とうとう来られそうでなかなかそういった機会のない自分の屋敷の屋根に辿り付いた。月はやや丸みを失ってはいたが、それでも美しく輝いていた。星星などは先日よりも輝きを増したように感じられる。屋根の上から存分に観ていられるとあれば尚更だ。そんなわけで窓三つ分ほど離れた屋根の隅から物音が聞こえても、シェローロはすがすがしい気持ちで、笑顔さえ浮かべてそちらを振り返った。そこにはあの女性が立っている。しかし彼女は笑っていない。それどころか今までになくあからさまに眉を顰め、機嫌が良くないことを顕にしていた。あまり気にせずにシェローロが口を開く。
「また会ったな。今夜もなかなか良い夜だ」
「ええ」
 女性はそう答えるが、声は沈んでいる。
「なぜ屋根に?面白いことを考え付くな」
「……」
 女性は答えない。シェローロは首を傾げながら、ボンネットで陰になった彼女の顔を見ようとするが、相手は俯いてしまう。数歩近づいて、シェローロは彼女が肩を震わせているのに気付いた。もしかして泣いているのだろうか?なぜ泣いているのか。それとも、これも何かの罠なのだろうか。疑問符だらけだが、とりあえず声を掛ける。
「一体どうしたんだ。私を殺しに来たのだろう?」
 それとも……という期待を三割ほど投げかけつつ、そう訊いてみる。
「勿論そうですわ。それなのに、こんなことってひどい」
 ひどい。女性はそう言って再び俯いた。殺しに来た、というのをあっさり肯定されたのも堪えるが、ひどいというのはさらに心外だ。寧ろシェローロの方が言いたい台詞である。肩の痛みと共に再びもやもやとした苛立ちが襲ってくる。
「事情がさっぱりわからないが」
 屋根の瓦を伝い、つかつかと彼女に歩み寄る。
「最初から説明して貰おうか」
「嫌っ…」
 すかさずそう言って後ずさる彼女。思わず足を止めたシェローロの頭には苛立ちと共に疑問符が飛び交っている。あんた『イヤッ』て。自分で呼び出しておいて酷いだの嫌だのって。まるでこちらが悪いみたいではないか。刺されてんのはこっちだというのに。ひょっとしたら近寄って行ったら刺されるのかもしれない、と若干思ったシェローロだったが、こうして逃げられてはそんな意図があるとも思えぬ。そうなったらもう自棄である。
「待て!」
「許して。お願いですから。近寄らないで下さいな……」
「許さん。貴女の思惑を残らず吐いて貰うぞ」
 満月と星空の下、屋敷の屋根の上で、涙目で首を振りながら逃げる女性を追いかけているこのシチュエーション。なぜこんなことになったのか、シェローロには素でわからなかったが、別に刺されるわけでもなし、相手は美女だし、悪い気はしない。例えるなら中世で詩人が語るような話にありそうな状況ではないか。尤も、ああした物語では必ず美女か男か、どちらかに何らかの災厄が降りかかるものなのだが――。
 ふと、目の前を後ずさっていた彼女の姿が、突然消えるように見えなくなる。地上なら身を隠したものだと推測できるが、ここは屋根の上なのだ。シェローロは自分の背筋が冷たくざわめき、血の気が引くのをはっきり感じた。一瞬、逡巡しかけたが、すぐに駆け出す。


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