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2009/05/20(水) その5
 屋根の端まで駆け寄ると、なんとか縁に掴まり、そこに留まっている女性の姿が見えた。とはいえ、あの細腕ではとても自力で屋根の上まで上がれるとは思えない。シェローロが急いで近寄り手を伸ばすと、女性は怯えたように身を竦め、その拍子に彼女の片方の手が屋根の縁から滑り外れる。
「何もしない。今助ける。じっとしていることだ」
 彼女が何か言っているようだったが、ちょうど夜風の音が反響し、シェローロには聞こえなかった。落ちないように怪我をした方の腕で窓側の小屋根に掴まり、有無を言わさず彼女の腕を掴んだ時、その手首の細さになんとも言えない感覚を覚えたが、構わず引き上げる。肩の痛みもなんのその、女性はあまりにも軽く、一瞬『実は彼女は人間ではなく、天使や妖精の類なのではないか』などとお花畑な考えをシェローロは抱いた。勿論そんな筈はない。女性が屋根に上ったのを確認してから手を離す。仮に彼女がプロの暗殺者ならこれは相当の不覚だ。すぐに逃げてしまうのではないかと思ったが、そんなシェローロの意に反して、彼女は膝を抱えて屋根の上に座り込み、じっとしている。
「何だ、怪我でもしたか」
 隣で見下ろしたまま声を掛けると、相手は顔を上げ、シェローロの方を見た。月明かりが彼女を照らし、相変わらず輝くような美しさだったが、その表情は何か思い詰めている様子である。
「いいえ。おかげ様で」
 その声は可愛らしかったが、若干震えているようでもあり、皮肉めいた響きを持って聞こえる。
「それは良かった。私を屋根の上まで呼び出しておいて、転落死されては困るからな」
「?」
 彼女が首を傾げたが、シェローロは構わず畳み掛けた。
「話の続きだ。貴女がわざわざ預けに来た物を返す前に、今晩のことと、前回私を刺したりしたこと、一体どういう事情があるのか説明してもらおうか。私を試そうとでもしていたのか?」
「試す……?」
「例えば――貴女が危険な目に遭った時に私が助けるかどうかを試していた、とか」
「いいえ、なんのお話かしら?」
「いやなんでもない」
 妄想は程々にすべきである。シェローロは軽く咳払いした。女性の方は依然として不可解な様子で、怪訝な顔をしながらも、控えめに口を開いた。
「私からもお聞きしたいことがありますわ。今宵、私がここに来る事を一体どなたから聞いたのでしょう?」
「?」
 自分からそこら辺の子供に言付けさせておいて、誰から聞いたかって? 頭に疑問符を飛ばすシェローロ。しかし女性の方も色々と疑問があるようで、彼に対して詰め寄る。
「貴方自身が屋根まで上って来られるということは、他にいつでも人を呼べるようにしているのでしょう? 私を捕らえるつもりなのでしょうけれど……その情報はどこから?」
 いつの間にか階下が騒がしい。シェローロが部屋から抜け出したのがバレて、使用人が探し回っているのだろう。それが女性には、忍び込んだのがバレて包囲されているように感じられたようである。対するシェローロはというと、単に何も考えずホイホイ屋根に上がっただけだった。それはそうと、他にも行き違いがあるような気がする。
「女性が屋根で私を待っていると、わざわざ見知らぬ子供が伝えに来たのだ。貴女が言付けたのだろう?」
「そのような嘘は信じませんわ。言いたくないのなら、無理矢理聞き出しましょうか」
「わざわざ嘘など言う筈がないだろう! 一体どうなっているんだ!!」
「シェローロさまー、居たら返事をしてください。どこへ行ったのですかー? 朝御飯を抜きますよー」
 シェローロが大きな声を出した次の瞬間、彼が屋根に上るときに使った屋根裏の窓が開く音がして、屋根に別の声が響いた。明らかにいつものメードである。夕方の行動を不審に思われていたのか、ここまで探しに来たのだろう。咄嗟に素早く伏せ、屋根の反対側に隠れるシェローロ。女性も驚いたのか逃げようとするが、階下と庭は使用人が走り回っている。うろたえた様子を見せる女性に、屋根の陰から、小さめの声でシェローロが言った。
「伏せろ。物音を立てるな」
仕方なくシェローロの隣に隠れる女性。いつになく本気で気配を虐殺しまくっているシェローロ。メードはしばらく屋根に向かって声を掛けていたが、ここにはいないと判断したのか、やがて屋根裏部屋から降りて行ったようだった。
「……」
「……」
「……行ったようだな」
 ふーっ、と息を吐いてからシェローロが顔を上げ、体を起こして再び屋根に腰掛ける。女性はまだ伏せていたが、彼に向かって言葉を掛けてくる。
「なぜ隠れたのかしら。わざわざ召使いから隠れるような真似をして、その隙に私が貴方を殺すかもしれないと考えなかったのですか?」
「だが今、私は生きているからな」
 そう返し、笑ってみせるシェローロ。実際は屋根で女性と一緒に居るところなどをあのメードに見られたら只事ではなくなる気がして隠れたのだが、そんな能天気な理由など知らない彼女の方は、俯いて何か考え込んでいるようだった。
「……」
「そうだ、これを返そう」
 銀の煙草入れを出し、彼女に渡す。女性は最初、何だかわからないといった様子であったが、それを受け取った瞬間、目を見開いた。銀の細工をまじまじと見つめ、姿勢を正してシェローロに向き直る。
「これを……どちらで?」
「? 貴女が預けに来たんだろう」
 さて、と呟いて、シェローロが立ち上がる。
「聞きたいこともあったが、私はそろそろ戻らないとまずい。暫くしたら庭の見張りが交代するから、貴女はその時に降りるといい」
 そう言うだけ言って、さっさと屋根裏の方へ行き、窓へ降りてしまうシェローロ。と思ったらすぐにもう一度上がってくる。瞬きする女性。
「良かったら、名前を聞かせてもらってもよろしいか」
 女性は首を傾げて、少し考える素振りを見せたが、控えめな声で呟く。
「ラフランゼですわ」
「覚えておこう。ではまたな」
 ちょうど風音が響いたが、シェローロは聞き逃さなかった。ラフランゼ。優雅で、美しい名前だ。彼女にふさわしい。


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