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2008/04/22(火)
つくられたもの
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以前、犯罪の加害者になった青年の 学校時代に関わった女性の教師が 「彼のことをもっとわかってあげられたら」 ということを話しているのを聞いた。 この女性の先生のことは、加害者の青年も 「信頼している先生」と言っている。 それでも、犯罪は止めることはできなかった。
今日、ニュースで流れている犯罪の判決を 聞いていて、ずいぶん前の事件を思い出した。 いつも思うのだが、加害者に関わってきた 親、学校関係、取り巻いている社会に 何ら罪はないのだろうか。 犯罪行為そのものの根底にある心の闇は 誰が作るのだろうか。 生まれたときは、祝福されて、気持ちを 込めて名前が付けられたと思う。 それなのに、誰が何を言っても 届かないような気持ちに育ててしまったのは どんな大人と関わってきたからなのか。
義務教育まで受けてきたはずの少年に 発達のバランス、情緒の危うさ、 それに対する指導を受けるチャンスは なかったのかと思う。
息子も学校では厄介者であることを 言葉の端から感じて、自分の心を蝕んでしまわない ように、心から願う。 教育に平等なんてないと思う。
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