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2005/08/17(水)
わたしの新聞の読み方
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毎日の新聞。 わたしは、朝、朝食を終えたあと、洗濯機を回しながら、コーヒーを入れて、テレビはつけたままで、たまに、テレビに目をやりながら読むです。 絶対に、目を通すところは、よほど、大きな事件が無い限り、まず、テレビ欄です。 それから、三面記事、文化欄、つまり、後ろから、だんだん前へ進んでいくわけです。 広告欄にも、目を通します。旅行会社の広告は、わたしを、旅への夢をふくらませてくれます。 デパートの催し物、通販、それから、本の広告。週刊誌の広告では、その見出しで、社会や、芸能界スキャンダルのことが、おおまかですが、わかります。 たまに、社説も読みますが、わたしには、難しい事が多く、読みにくいです。わざと、難しい言い回しをしてるような、しかも、書いた人の感情が露骨すぎるというか、なんだか、独断的に思えます。 読者の投稿というのは、当たり前なんですけど、色んな考えの人がいて面白いです。わざわざ、正反対の意見を、並べてのせてありますが、あれは、読む人を意識したものなんでしょうね。投稿した人の感情は無視してるといえます。 そして、やっと、一面に行くですが、その頃には、洗濯も終わり、コーヒーも飲み干しているので、見出しの面白そうなところだけ読んで、あとは、ざっと流して終わります。 新聞というのは、中立の立場から、客観的に書かれるべきだと思うのですが、総じて、記者さんの意見が反映され過ぎてるって気がするんですけど、そんなことを考えるのは、わたしだけでしょうか?
はなしが変わって、申し訳ないですけど、芥川賞の受賞作がのってるので、文芸春秋、買ってきました。中村文明という27歳の青年の短編でしたが、中身は、はっきり言って、面白くなかった。 最後の審査員達の選評の方が、ずっと、面白かったです。
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