マスターのひとりごと
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2009/08/25(火) 向田邦子

向田邦子が台湾での飛行機事故に遭難したのは昭和56年の8月のことだったからあれから28年が過ぎた。
今でも健在なら今年で80才だという。
俺も若い頃はこの人のファンだった。
『寺内貫太郎一家』『阿修羅のごとく』『冬の運動会』『蛇蝎のごとく』
記憶に残る名作はかず知れない。
若い頃、シナリオライターになりたかった俺はこの人の著作集をさながらバイブルのごとく読む耽り、何気ない会話の中に滲む人生の哀感を掬い取ろうと懸命だった。
今でも印象に残っている名場面がある。
廊下で爪を切っている貫太郎の後ろを何気なく歩いている妻の里子が
『あっ』
と小さな声をだし、やおら片足をあげる。
何かを踏みつけたらしく足の裏をまさぐっていたがその踏みつけていたものをつまんだ里子がこうつぶやく。
『男の人の爪って固いんだから』
可愛い中にも色気をふくんだ眼差しで貫太郎を見つめる加藤治子の名演技が光るシーンだ。
多くを語らないところに、通い合う夫婦の情があり、あえて男の爪と言い切るところにエロスも感じられる深いセリフだ。
当時、10代だった俺はこう言った洒落たセリフが書けないものかと苦吟したものだった。
ところが最近、このシナリオ集を再読したところ若い頃のような感銘を受けない。
妙な違和感というか幼さというか生硬なものすら感じるのだ。
そこに色気があるとすればそれはお勉強のできるお嬢さんが一生懸命、頭で考えて創作した色気と言えばいいだろうか。
加藤治子の名演技が補っていたからあのシーンは素晴しいものになっていたけれどいざ活字として読んでみると幼さばかりが強調されている。
上記のセリフ意外にもよく用いられるのに
『なにはなにだから、、、』
『あれは、あれだろう?』
などと間接的に物事の本質を避ける形で問いつめて行く表現方法がある。
これなども今にして思えば随分キザな会話だ。
俺が誰かと会話するときにこんな宴曲な言い方をした事はない。
実際、夫の飛ばした爪をふんで
『男の爪って固いんだから」
っていう女房はよほどの新婚でないかぎりいないだろう。
ここはむしろ
『お父さん、ちゃんと拾ってくださいよ』
あるいは
『こんなとこまで飛ばしちゃって』
『汚いわねぁ』
『無言で拾う』
が妥当な所だろう。
それだと寺内貫太郎一家の骨子そのものが狂って来るので多くの変更は望めないが、きっと今の向田さんならもっと自然な形での里子と貫太郎の夫婦仲の良さを表してくれただろう。
それを考えると早い逝去が惜しまれる所以ではある。
ちなみに『固いんだから』と言う現実にはありえないセリフに以前は感じなかった少々の作為とひねったお洒落さを感じるようになったのは俺が年をとったからだろう。。
人間、中年を過ぎるとそれまでに行った事の積み重ねが見えていなかった事を見えさせたり、見えていた事を曇らせたりする。
それが書物にはない実人生の足跡かもしれない。
だから一冊の本を色んな世代で読み分けてみるとおのずと感じ方も変わって来て面白いだろう。
きっとそれまで面白いと思っていた事が案外そうでなかったりまたその逆もあるだろう。
今の俺のように。
かつては姉のように尊敬していた向田さんをいまでは武者人形のように真一文字に唇を引き結び裂帛の気合いで入試に赴く幼い妹を見ているように感じるなんて生きるという事はそれだけでも山あり谷ありだ。
52才で逝去された向田さん。
向田さんの逝った8月は暑かった。
連日、向田さんの話しで持ち切りだった。
同じ8月に生まれた俺はもうすぐその年に近くなる。


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