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2011/11/12(土)
630 “交通難所”は昔
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600回目“摩天楼”を書いてから1カ月ぶりの造成地の登場です。
今朝、1軒では家具屋さんが路上で椅子を組み立てていた。家具が入ると、とたんに血が通ってくるというか、人の息遣いが感じられ、温かさがみなぎってきます。不思議なものです。
そして先週の日曜には、我が家の前の建て主さんご夫妻が、仕上がり具合を見回っていた。旦那さんは「また、あらためてご挨拶にまいります」と、目配りが利いていたが、奥さんは新たな生活の方向に向きっぱなし。台所回りや家具やらで、何やら思案に没頭していた。
力関係というか、こと家に関しては、かなり女性力が発揮される部分が多いので、「これもありか」という感じ。微笑ましくもありました。
かつての“交通難所”の方向からのショットです。
左側の日蔭に軽乗用車が停まっているあたりが、最も危険な“交通難所”でした。幅3メートルで塀の反対側の道の端は1メートルほどの段差。タイヤが、ツルツルのわだちに吸い込まれて、あわや脱輪!! という恐怖を何度味わったことか……
こうやって眺めると隔世の感ひとしおです。
こうした感慨も、新たに生活をスタートさせる新住民には全く関わりのないことですが、新たな6メートル道路で、新住民さんらと新たな歴史を刻んでいくのです。
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