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2004/03/08(月) SMAPとまっきー
友人からこの前借りたSMAPCDS「世界に一つだけの花」を聞きながら、ジャケットを眺めていたら、ふと気づいた。
03・3・5LX04・3・4まで」と書いてある。
そうかあ、ちょうど1年前にシングル・カットされたんだー。
日本の流行歌(とか言うと、おやじよ〜、今どき流行歌なんてことば死語なんだよ〜、とキレられそうなので)、「J-POP」としては珍しく1年ものロング・ヒットになったわけだ。

ぼくは中学のころ洋楽を聴き始めてから、ほとんど「紅白歌合戦」を見たことがないんだけれど、去年の大晦日は、SMAPだけは見たいと思い、何度かチャンネルをNHKに合わせてしまった。もちろん、「世界に一つだけの花」を聴きたかったからだ。
詞、メロディー、アレンジと、久しぶりにいい曲と出逢った気がする。

一時期まっきー(槙原敬之)のアルバムをよく聴いた時期があった。メロディーもさることながら詞が、今どきの若者らしくないきわめて誠実味にあふれたものだったということもある。「どんなときも。」と、タイトルに句点を打つセンスにも惹かれた。
そこにあの事件である。
覚醒剤の使用は、若いリスナーに及ぼす影響から考えて断じて許されるものではないが、マイノリティーとしての苦悩もあったのだろうと思うと、100パーセント斬って捨てる気持ちにもなれなかった。

「世界に一つだけの花」は、そんなまっきーだからこそ書けた曲という気もする。

それともうひとつ。去年中国雑技団を見に行ったら、かなり有名らしい二胡の演奏者が出てきて、この曲を楽しそうに演奏していた。
詞もメロディーもいいが、北方系とも南方系とも感じられるようなイントロが、まるでヒーリング・ミュージックのように心地よい。
二胡の演奏を聴きながら、ぼくはそんなことを考えていた。


最後にもうひとつだけ。
中井君のファンには怒られると思うけれど…。
一緒に収録されている「ミュージック・トラック」(つまりカラオケですね)を聴いていたら、中井君のパートだけ、ピアノやバンジョーが、音を取りやすいようにガイド・メロディーっぽい旋律を弾いていた。
アレンジャー(すなわち、まっきー)の気配りたるや、畏るべし。

2004/03/07(日) ホーム・シアターの憂鬱
と題して、あたらしいページを加えました。
自宅にホーム・シアターを構築していらっしゃる方、あるいはこれから作ろうかなあと考えていらっしゃる方、ご意見・ご質問・アドヴァイス等ありましたら、掲示板のほうへ書き込んでいただくと幸いです。よろしくお願いいたします。

2004/03/06(土) 『プレッジ』
DVDで『プレッジ』を見た。
劇場公開されたときに、ジャック・ニコルスンが退職した刑事を演じるというので、ちょっと気にはなったのだが、そのまま見過ごしていた作品だ。
ところが、タイトル・ロールを見て驚いた(例によって、パッケージなどを見ないで借りたもので)。
主演のニコルスンを初めとして、共演陣が豪華なのだ。スティーヴン・ソダバーグの『トラフィック』でオスカーを受賞したベネチオ・デル・トロ(今回もノミネートされてましたね)、ロビン・ライト・ペンに才人サム・シェパード、懐かしいミッキー・ロークにヴァネッサ・レッドグレーヴ…。
ずいぶん金のかかったキャスティングだなあと思っていたら、制作と監督はショーン・ペン。あ、それでロビン・ライトか。
いやがうえにも期待は高まります。
ニコルスンが定年退職を迎えるその日に、小学校2年生の女の子が強姦され喉を掻き切られて殺害されるというむごたらしい事件が起こる。
ひょんなことから、両親に少女の死を告げる役目を負ったニコルスンは、犯人を捕まえることを神に誓わされてしまう。
容疑者はすぐに捕まるのだが、直観的に犯人は別にいると感じたニコルスンは、退職した後執念の捜査を続けて真犯人に迫っていく…。
と書くと、今流行のサイコ・サスペンスみたいだが、そこはペン監督、映画は終わり近くになって意外な方向にステアリングを切り始める。
ニコルスンと一緒に犯人捜しをしていたわれわれ観客は、最後にまるで乗っていたタクシーから突き落とされるようにエンディングに至る。
もちろん、あのエンディングがいいんだという方もいらっしゃるでしょう。あれでこそ、ショーン・ペンだと。
でもぼくは、なにか素材を間違えたような気がしてならない。
あのむごたらしい少女の惨殺死体の写真。テーマに迫るため。わからないでもないんだけど…。
どちらかというと、同じくニコルスンが定年退職を迎える初老の男を演じる『アバウト・シュミット』の方が好きかなあ。

わずか15分程度の出番しかないベネチオ・デル・トロが、知的障害のあるネイティヴ・アメリカンを演じて圧倒的な存在感を示す。

2004/03/05(金) 最近お勧めのDVD
きょうは最近見たDVDのなかで一番のお勧め、『ムーンライト・マイル』について。
3月1日の『アカデミー賞』のなかにもちょっと書いたが、事件に巻き込まれて娘を殺されてしまう父親役をダスティン・ホフマンが演じている。
母親役はスーザン・サランドン。この二人のオスカー俳優が夫婦を演じているというと、「すっげー濃い夫婦だなあ」と思う人がいるかもしれない。
ところが、この二人本当に何年もの間夫婦だったように、実に自然なのだ。
余談だが、ダスティン・ホフマンの役名がベンジャミン(ベン)というのもニヤリとさせられる。
彼らと奇妙な共同生活を送ることになる、娘の婚約者に、『遠い空の向こうに』で主人公の高校生を演じたジェイク・ギレンホール。
ここでも誠実な青年役を好演している(ちなみに『遠い空の〜』もお勧めです)。
そして彼の心に波紋を投げかける謎めいた女性にエレン・ポンペイオ。彼女がまたいい。
監督は『シティ・オブ・エンジェルス』のブラッド・シルバーリングだが、この映画のストーリーが彼の体験から来ているというのが実に驚きだ。
『シティ・オブ〜』をぼくはあまり評価しないけれども、この映画はとても素敵だと思う。
映画のなかでエルトン・ジョンをはじめ、ヴァン・モリスンやT・レックスなど、70年代のロックの名曲がたくさん流れるが、それはシルバーリング監督の青春時代が舞台になっているからだ。
このサイトを覗く方ならお分かりになるかもしれないが、タイトルになっている「ムーンライト・マイル」というのは、ローリング・ストーンズの71年のアルバム『スティッキー・フィンガーズ』のB面4曲目に、ひっそりと収められている曲だ。
こんな曲をタイトルにするのだから、センスがいいというべきなのか、商売っ気がないというべきなのか…(笑)。
しかし映画のなかでは実に印象的に流れる。
見終わった後、失くしてしまった大事なものをもう一度取り戻せたような、さわやかな映画になっている。


最後に一言。見る前にパッケージやAmazonのサイトなどに書いてある、この映画のストーリーを読まないように。
完全にネタばれです。ぼくはそういうことがあるので、買うときもレンタルするときも読まないようにしているが、映画の前半でジェイク・ギレンホールの態度に、何だかわからない「ためらい」のようなものがある、その理由がパッケージなんかには書いてあります。
これ書いちゃあ、興味半減でしょう。

2004/03/04(木) ミニミニ・ライヴ
実は明日(あ、日付が変わってるから、もう今日か…)アコギ1本でミニミニ・ライヴをやることになっている。
最近自宅ではこのサイトの運営にかかりっきりなので(というほど大げさなものでもありませんが)、全然練習をしてないのであせって、さっき1時間ばかりギターを弾いてきた。
でも、ぼくはギターだったらそこそこ弾けるんだけど、唄はまったくダメなんだよなあ、なんてつい、弱気になったりする。
う〜ん、とりあえず頑張るぞ!

2004/03/03(水) たそがれ清兵衛
今日もアカデミー賞の話題を。

個人的には渡辺謙より取ってほしかったのが『たそがれ清衛』だ。
去年、国内ではかずかずの映画賞を総なめにしたのに、アメリカでは黙殺されたのかと思っていたので、今年のノミネートはほんとうにうれしかった。

去年は珍しく3本もの邦画を見てどれも面白かったのだが、ベストはやはり『たそがれ…』だった。

まず惹きつけられたのが、朋江を演じる宮沢りえの立居振舞いの美しさだ。現代の女性は特別なときしか和服を着ないから、身に着けたときの挙措動作が美しくないし、着こなしも首をひねるようなものが多い。それは普段和服を着慣れていないからであって、けっして彼女たちの責任ではないと思うのだが、ときには下品に感じることすらあって、げんなりしてしまう。
だから、スクリーンに現れた宮沢りえの凛とした姿に息を呑んでしまった。

もうひとつ敬服したのが、山田洋次監督が徹底的にこだわったというリアリズムだ。
五十石という下級武士の貧しい暮らし、結核に倒れた妻の薬代のために急速に傾いていく生活、内職の虫かご作りのために同僚の誘いも断って帰っていく姿、老人性痴呆症の老いた母への介護、DV(ドメスティック・ヴァイオレンス)に耐えられずに婚家を飛び出す朋江と、そのために武士の体面を傷つけられた元夫、藩主の急死とそれに続く跡目争い、それに巻き込まれて突然切腹を命じられる元浪人(田中泯)…。
こうやって並べてみると改めて気づくのだが、これらはすべて極めて今日的なエピソードなのだ。
ところが、山田監督の綿密な時代考証や演出によって、これらが無理なくストーリーの中に溶け込んでいるから、ぼくたちは何の違和感を感じることもなく、クライマックスの大立ち回りまでスクリーンに呑み込まれてしまう。

真田弘之や舞踏家田中泯の抑えた演技も素晴らしいし、長沼六男のカメラも美しい。
あー、ほんとにアカデミー賞取ってほしかったなあ。
選考会では僅差だったというし、ほんとうに惜しかった。

今からDVD見ると、寝るのは…。やっぱ今日はやめとこう(笑)。

2004/03/01(月) アカデミー賞
第76回アカデミー賞は、残念なことに渡辺謙も『たそがれ清兵衛』も受賞を逃してしまった。
助演男優賞ではややオーヴァー・アクションながら個性的な渡辺謙か、内面的で静謐な演技だがやや類型的なティム・ロビンスか、という構図だったように思う。
個人的にはティム・ロビンスの演技にうなってしまった口なので、予想通りという結果だが、やはり気持ち的には渡辺謙に取ってほしかった。
主演男優賞のショーン・ペンは素直に喜びたい。彼の演技もやや類型的な気はしたが、『ミスティック・リヴァー』のジミーの存在感はとにかく圧倒的だった。

同じく演技派として知られるダスティン・ホフマンが、たとえば事件の巻き添えを食って娘を殺されてしまう父親役をやっても(『ムーンライト・マイル』)、自閉症の青年を演じても、D・ホフマンはD・ホフマンなのに対し、ショーン・ペンは事件に巻き込まれて娘を殺されてしまう父親と、知的障害者のサムでは、まったく違う人物になりきってしまう。
その演技の幅の広さに参ってしまった。
今日は久しぶりに『アイ・アム・サム』のDVDを見ながら、ペンに祝杯を挙げたいと思う。


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