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2004/05/26(水) 追悼:エルヴィン・ジョーンズ
エルヴィン・ジョーンズが亡くなった。

以前にも書いたが、ビートルズにリンゴが、ザ・フーにキース・ムーンが、そしてゼッペリンにはボンゾがどうしても必要だったように、ジョン・コルトレーン・カルテットにはどうしてもエルヴィンが必要だった。

ジャズの世界でモダン・ドラミングへの道を開いたのがケニー・クラークなら、その奏法を発展させ確立させたのは、マックス・ローチとアート・ブレイキーであった。
そしてそこから新たな地平を切り拓いたのが、60年代のコルトレーン・カルテットのエルヴィンであり、マイルス・クインテットのトニー・ウィリアムズだった。
おそらくこのことに異論のある方はいないのではないかと思う。
それくらい、この二人のプレイは他のドラマーとは隔絶したものであったという印象が強い。

コルトレーン時代のエルヴィンというと忘れられない映像がぼくにはある。『the world according to john coltrane(ジョン・コルトレーンの世界)』と題されたヴィデオに収録されたベルギー、コンブラン・ラ・トゥールにおける1965年のライヴの映像だ。ここに収録された21分4秒に及ぶ「マイ・フェイヴァリット・シングス」の演奏シーンで、エルヴィンは全身からすさまじい湯気を発しながらドラムを叩くのである。しかも真夏の8月1日のことだ。

このころのコルトレーンの演奏は、まさに命を傾け魂を削るような壮絶なものだったのだが、これから2年も経たぬうちにコルトレーンは病を得て他界するのだから、この表現があながち比喩というわけでもない。
けれども、このエルヴィンの演奏を見ると、彼もまた命を傾け魂を削りながら演奏をしていたのだということがよくわかる。

冥福を祈りたい。


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