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2004年3月
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最新の絵日記ダイジェスト
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2004/03/20(土) side A:その朝 
暗い空から落ちてくる冷たく細い雨が、ほころびかけた桜のつぼみを濡らしている。こんな日は、あの時のことを思い出す。

目が覚めた時、雨の音がしていた。学校へ自転車で行けない日は、少し早く家を出なくちゃいけないので、急いでパジャマのままで、顔を洗って歯を磨き、母が作ってくれたパンとサラダとサニーサイドアップの朝ごはんを食べて、おうちを出ようとしたとき、起きてきた父と廊下でぶつかった。ひゃぁ、って少し出っ張っていたおなかに跳ね返されて、よろける私を抱きとめて、父はもう一度ハグってした。「なんだよ?」、ってちょっと厳しい目をして見る私に、「ほんと大きくなったなぁ」って言って、頭を二度、ぽんぽんと撫でて、「行っておいで」と笑う顔に、私は首をひねりながら、カバンを持って玄関を開けて、傘をさして表に出る。ドアの開く気配がして、振り向くと手を振っている父がいて、
角を曲がるまで手を振っていた。一度傘を閉じて、私も思い切り両手で手を振った。雲から銀の糸のようにつながって、落ちてくる雨がとても綺麗に見えた。なんだろうねぇ、って頭をひねりながら、でもクスっと笑って、ワンって挨拶をしてくれる、角のお家の茶色い犬のチロくんにも挨拶をかえしてから、2歩だけスキップをして学校へ向かった。それが、生きている父を見た最後だった。

かかってきた電話を受けた母は、その場で昏倒してしまって、代わって電話を取った祖母は話を聞いている間に、何度も受話器を取り落とし、電話の相手に何度も詫びながら、それでも最後まで話を聞いた。聞き返す祖母の言葉で、何が起こったのかを私は理解した。食卓には、何時ものように6人分の食事の用意がしてあって、父の席には一回り大きなご飯茶碗が伏せてあって、それは母の茶碗の柄と同じだった。弟のお茶碗は、戦隊ヒーローの柄で、妹のお茶碗はかわいいキャラクターがついていて、私とおばぁちゃんは、頂き物でおそろいの、宵待ち草の淡い絵の入った薄手の磁器だった。

崩れ落ちて泣きじゃくる母に、妹と弟もつられて泣き出して、祖母と私は短く話をして、必要なものを揃えた。タクシーに電話をして、病院へ向かう道の景色は何も見えなくて、ヘッドライトに浮き出すアスファルトの色と、後ろへ後ろへと飛んでゆく、センターラインの白っぽい線だけを見つめていた。

葬儀が終わって、父のお茶碗は何日か仏壇に供えられたけど、母のお茶碗はずっと食器棚から出ることは無くて、4人になった食卓には、祖母が作ってくれた食事が並んでいた。席は今まで通りで、座る人のいない席は、なんだかとってもそこだけ光があたってさえいないようで、涙ぐんでしまう3人を、私は叱って、励まして、いつか、母の味を、父の味をまねて私が作る日が多くなっていった。

その日から、半年後には私はカラダを売っていた。一年経たないうちにソープで仕事をするようになって、そして今日がある。

今のご飯茶碗は、みんなお揃いだ。デキチャッタ婚だけど、私は初めて友人の結婚式に出席して、引き出物代わりに入っていたギフトカードで、妹と二人でこのお茶碗を選んだ。5客揃いの一客だけは、まだ一度も使っていない。そして、父のお茶碗はもうこのお家には無い。




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