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2004/03/21(日)
side:A お墓参り
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背をピンと伸ばして、おばぁちゃんは歩く。昨日から身体の調子がいいみたいで、お供えのボタモチの入った、風呂敷包みも胸に抱いている。この何ヶ月か、ほとんどは夜だけど、時々言うことがオカシクなって、そのあと本人がすごく落ち込む。普通の生活はおくれている。でも何時までおくれるかはわからないとお医者様は言う。
夜中に、紋のついた和服に着替えて、母の名前で私を呼ぶ。 「車を廻しておくれ。お店に行くから」 私は言葉を失う。お店は私が生まれる前にはとうに無くて、写真でしか私は知らない。 「**先生がいらっしゃるんだよ。私がご挨拶しなくちゃ」
少し目が釣り上がって、早口でしゃべるおばぁちゃんはいつもと違う人になる。最初は驚いて、「何、言ってるの?」って口答えしたりしていたけど、今は、ダイアルを押さずに電話でタクシーを呼び、待っている間に、少しづつ話をする。 「今日は、お店はどのくらいお客さんがあるの?」 「板さん、今、何人だっけ?」 「今日、おじいちゃんは何処に出張なの?」 「ここからお店まで、どのくらい時間がかかるかなぁ?」
無いお店にお客さんは来ない。もちろん板さんは居ない。おじいちゃんはもう何年も前に死んだ。湘南から東京のお店のあった場所まではあまりに遠い。
ひとつづつ、古い記憶と今の暮らしを引き合わせ、組み立てて、おばぁちゃんは少しづつ落ちついていく。そして「どうしちゃったんだろうねぇ私」って涙ぐむ。紋服を脱ぎ、敬老の日に私たち3人から贈った、ウサギの柄のネルのパジャマに着替える足は、ほんとうに細い。
父の遺骨は母方のお墓に居候している。と言っても、そのお墓を守る血筋も、もう私たちしかいない。お線香をあげて、4人で手を合わせる。昨日の雨が、小さな水溜りを残している墓地に続く坂には、淡い桜の花が少しだけ咲いていた。
途中の駅で私は電車を降りて、4人掛けの椅子に座る3人が私に手を振ってくれる。居酒屋にバイトに行って先輩の家に泊ることになっている私に、おばちゃんは酔っ払いに気を付けるように、そして、男の人の誘いにも、くれぐれも気をつけるように念を押す。
今日は泊りの貸切だ。
頑張ってね。私も頑張ってみるから。
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