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2004/10/22(金)
side A: 名刺 あるいは 未来
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「ちょっと待っててね。」
腰を落ち着ける間もなく、携帯で話すために一度BARから出ていたお客さんは、ドアをちょっとだけ開けて、片手で私を拝む。そして、表通りへ駆けていく。
ほんの最近、私はこのお客さんが大学の先輩だと知った。キャンパスは違うけど。でも、私が卒業出来たら、同じ同窓会名簿に名前が載る。その事に気付いた時、少し怖くなった。
「何にしましょうか?」
「もう遠い夏の味を」
少し喉が渇いていた私はお願いする。
マリブとラムとパイナップルジュースが用意され、あっと言う間に交じり合って、「ピナコラーダ」に変わる。口をつけると真っ青な海と空が広がってゆく。
私の手元には、仕事で貰ったたくさんの名刺がある。外出や貸切をしてくれたお客さんのは、ほぼすべてあるし、お店で何度か指名してもらったお客さんのもあって、名刺ホルダーはもう3冊になる。
その中には、私が志望したかった会社や、官公庁がいくつもあって、それは私の将来の選択肢からは、消していく。
勿論、入社後に会社で出くわしたとしても、声高に私がソープ嬢であったことを吹聴するようなお客さんはいないと思う。
でも、その人が可愛がっている部下の男性社員が、私と恋愛関係になったりしたときに、一言も言わずに、私をみてくれるかと言えば、それは難しい。
そして、もし私が直属の部下として配属されることを内示されたとき、普通の社員を扱うように対処する負担を、お世話になったお客さんに強いるわけにもいかない。
この仕事を始めた頃には、そんなリスクにはまったく思いは及んでいなくて、もうすぐ半分を迎える大学生活の先を思うと、言葉にならない感情はある。
「遅いですね」 「えっ?あぁ、遅いですね、**さん。じゃ、もう一杯お任せでお願いします。あっ、じゃ、私の未来に。」
にっこり笑って、ウォッカとクアントローとライムとグラベリージュースが用意される。
「未来に」
マスターの声がして、スッと赤いキレイなカクテルが出来上がる。
そうだよね。今出来ることをちゃんとやろう。やったうえで、だめだったら諦めよう。
そのカクテルは「コスモポリタン」と言う。
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![](/user/reversible/img/2004_10/22.jpg) |
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