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2005/03/22(火) 新しい家 新しいくらし
もう外が薄暗くなった頃、カンカンカンッって、鉄製の外階段の音がして、予定よりずいぶん遅い時間に父は戻ってきた。

「悪い悪い」って言いながら、梱包の終わった少ない荷物の中で、おでかけの服に着替えて待っていた私たちを見回して、「さぁ、行こう!」って言いながら、父もスーツに着替える。

仕事と兼用の、いつか大きくなってバスになるんだよって、近所のおにぃさんにからかわれ、妹はそう思い込んでいた、神奈中バスの模様に良く似た色の、四角い軽のワゴン車に乗って、私たち家族はでかけた。

元は水路だった細い道の奥に、私たちが住んでいた、陽あたりのいい古いアパートはあって、外階段は何度も上塗りされて、剥げたところから、最初は真っ白で、次に水色になって、今は草色になったのさえわかる。

でも造りはしっかりしていて、古すぎる壁は漆喰で、天井板も杉板だったし、床はフローリングだったし、新建材は玄関だけで、アレルギーのひどかった私のために、父が探してきたその部屋で、2歳から小学生になって少しの間まで過ごし、妹はそこで生まれた。

生まれつき身体が弱かった私のために、空気のいいこの街でアパートを探して暮らし始め、入退院を繰り返す私のために、父は安定した会社を辞めて、仕事を始めた。

働いて、働いて、好きだったいろんな事を諦めて、我慢して、父は家族のために暮らし、そしてみんなで暮らせる家を建てた。

はじめて玄関を開くとき、父は拍手を打って拝礼した。

横に並んでいる母と、手をつないで後ろに立つ私と妹も、それに習って手をポンっと打って、頭を下げた。

カチャリと鍵を回して、木製の厚い扉が開くと、木の香りがして、入り口の左に手を伸ばして押したスイッチで灯った明かりは優しくて、一部屋ずつスイッチを押して明りを灯す。

明りに浮かぶそれぞれの部屋には、母が縫っていた新しいカーテンがかかっていて、父と母は目を合わせ、そして私たちを振り返って微笑む。

階段をゆっくり昇ると、二階の吹き抜けの横の廊下にはドアが4つ付いていて、一番左が、私の部屋だった。

そっと開いたドアの向こうには、先に運び込まれた、真新しいベッドがあって、それまで、一つの部屋で並んで眠っていた私には、お姫様の部屋だって思った、記憶がある。

レースのカフェカーテンの掛かった出窓を開けると、潮の香りがして、海鳴りの音が聞こえた。

そして、次の日が引っ越しで、私たちは、その家で暮らすようになった。


弟が生まれ、私と妹は学校に通い、遊び、父と母とそしてその家に育まれ守られて暮らした。ずっと、そんな日が続くと思っていたし、少しずつ大人になって、恋をし、結婚して、私もいつか、こんなお家で家族を作るんだって信じていた。

子供っぽい感傷や、思春期のありがちな、でも誰にも話せない出来事や悩みを、部屋で独りで呟くとき、家に包まれているような気がして、もう子供じゃなくなっても、私は家を「お家」と呼ぶクセがついていた。


父が自ら命を絶って、暮らしは変わった。

新しい暮らしは、それまで思ってもみない物ではあったけど、五年近い日々の中で、いつか日常になる。

父はもういなくて、母は遠い。

何度もお家に話しをする。何度も何度もいろんな話をする。

ネットの向こうにいるみんなに聞いてもらう以外に、話せる相手は、ずっと私を見ていてくれる、お家だけだ。

行って来るね、って泊まりの貸し切りに向かう。

振り向いて見る、お家の灯りは、今日も、暖かい。


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