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2002/07/22(月) side A ★ あれから10日。
土曜日、私はまだ痣があるままお店に出た。控室にはいつもの何倍もお菓子があって、あれから毎日おばあさんが私の容態を尋ねに来ていて、その時に置いていくんだって知った。「もうイイって言っといて下さいね」とチーフに頼む。

痣に気付いたお客さんには、新しいサンダルで転んだ話をする。「こ〜んなで、あ〜んなんで、恥かしかったよん。」「ドジだなぁ」お客さんは笑う。「へへへ」と私は頭を掻く。

夜中、あのシーンが浮かんで、目が醒める。カラダがガクガク震えだして止まらない。お布団をかぶって、膝を抱えようとすると、背中が痛んで思わず呻き声を上げてしまう。背中を伸ばそうとすると、みぞおちの横のあばら骨が軋む感じがある。

10日経って、痣はずいぶん目立たなくはなってくれた。少し早めにピルを止めて生理にし、短縮でほとんど授業の無い学校は、風邪を理由に休んだ。5日間。

ほんとに痛いんだから、演技はしなくても病人らしかったし、再検査を含めて病院にも4度行った。検査の結果はすべて大丈夫で安心する。性病関係も大丈夫で、精液自体の検査も大丈夫だったので、HIVや肝炎や遅発生性性病の心配も無くなってすこし気持が軽くなる。

でも、勉強しようとしても頭に入らない。なんだかフェードがかかったみたいに、見るものも、考えも、感じる事もすべてがぼやけている。20日からは夏季講座にも通っているんだけど、調子が良くない。なんで、こんな時期にあんな事が起こっちゃうんだよ、って何かに向かって呪いの言葉を吐きたくなってしまう。でも、呪いたくなるような事の出来る人は、呪ったって痛くも痒くもない心しか持っていやしない事ぐらいは知っている。お客さんは心をどこかに忘れて来てしまった人だし。

恨んでいないと言えば嘘になる。でも、心を忘れて来てしまったきっかけが、もしおじいさんが言っていた通りなら、恨めない。恨んではいけない。あの時私が怒りを感じてしまったのは、私に謝りながらも、私の事が見えていなかった、おじいさんとおばあさんの瞳と心にだった。お客さんはもう、自分に閉じこもってしまっていて、私が全裸になった時に拍手したのも、きっとテレビのフレームの向こうにいる、アニメキャラの女の子が脱いでいるのと区別はついていなかったんだと、今は思う。そして、3人で肩を寄せ合って暮らしている家族が、まず身内にしか目がいかないのは仕方ない事だとも思う。

私の母は、一時、完全に心を閉ざしていた。一番大変な時に、頑張って欲しい時に心を閉ざしてしまった。おいてきぼりにされてしまった私は、結局自分で考えて今の暮らしを選んだ。母にとって父がどんなに大切で、どんなに好きで、ずっとずっと一緒に居たかったのに、一人で勝手に逝ってしまった父を、受け入れることが出来なかったんだと思いあたったから。

なんとなく調子が悪い私に、妹が朝食を作ってくれた。ちょっとコゲてしまったフレンチトーストだったけど、不揃いな切り口のサラダとインスタントのスープも添えてあった。

洗い物をしている妹は、何時の間にか、踏み台が無くても、料理が出来る背丈になっている事に、私は気付く。弟は慣れない手つきで、お皿を拭いている。

「おねぇちゃん、もっとお手伝いするね」

頑張ろう。震えている暇なんてない。今日は予備校が終わってお店に入る。火曜日なんで、きっと来てくれるだろう常連さんの顔が何人か浮かぶ。

頑張ろう。


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