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2002/06/28(金)
side A★なんにもない君のおはなし
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なんにもない君には、なんにも無かった。目も鼻も口も、もちろんまゆげも無かった。手もなければ足も胴体も頭もなんにも無かった。
ほんとうは、なんにもない君はみんな持っていた。なんにもない君はじぶんの鏡でちゃんと御化粧もできたし、チークをぬって、ブルーのマスカラとシャドーを強くひけば、ちょっとあゆにだって似ていると自分では思った。ピシチェに白いフォークロアの紐網のプルオーバーを合わせて、デニムのショッパンを合わせれば、キューティーのモデルにだってなれそうなくらい可愛いって思った。でも誰もそうは思わなかった。だって、他の人からは、なんにもない君にはなんにもないようにしか見えなかったから。
道を歩いていても、誰にも見えないなんにもない君は、人にぶつかれてしまう。でも、だれもぶつかった事にさえ気付いてくれなかった。
なんにもない君は、考えた。どうすればみんなに、なんにも無い訳じゃないって思ってもらえるんだろう?
なんにもない君は、毎日、道をお掃除してみる事にした。たばこの吸殻や、コンビニフーズの空袋なんかを、拾って拾って、箒で道のお掃除をした。何人かの人が道を誰かが掃除している事にだけは気付いてくれた。でもおばぁちゃんとおじぃちゃんばっかりで、あんまり嬉しく無かった。なんにもない君にはやっぱりだれも気付かなかったし。
なんにもない君は、電車の高架下の壁に絵を書いてみる事にした。けっこうイラストには自信があった。沢山の人が気付いてくれたけど、ボロクソにけなされて、そして次の日には消されていて「悪い奴がいる」って事になってしまったので、もうしなかった。
なんにもない君は、やっぱりお掃除を続ける事にした。雨が降っても雪が降っても、お日様がカンカン照りでも大風が吹いていてもお掃除を続けた。その道はいつもきれいだった。
なんにもない君はきれいな道が好きになった。
ある日、なんにもない君はいつものようにお掃除をしていた。そこへ大きな車が猛スピードで走って来て、なんにもない君を跳ね飛ばしてしまった。なんにもない君は死んでしまった。
何日か経って、道にはゴミが増えてきた。なんにもない君にもゴミが積もってしまって、街の人は初めて、なんにもない君がいた事を知った。
いたことを知っただけだったけど。
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