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2004/05/29(土) side A :   朝顔一号
最初の朝顔が咲く。

去年は西洋朝顔が一号だったのだけれど、あまり種を残せなかった今年は、琉球朝顔が最初に咲いた。

五月病かな、なんてちょっと思いながら過ごしていた去年のこの季節は、あまり記憶が無い。

ずっと目標にしていた大学で学び始めることができたことは、とてもとても嬉しくて、どうしても付いて来るって聞かなかったおばぁちゃんと出席した入学式の写真の私は、ほんとうに嬉しそうに笑っている。

父と母が出会ったその大学で学べることも嬉しかった。

7月に催される地域との交流行事に向かって、所属したサークルも活動していて、ソープの仕事を少し減らして、大学生活を楽しんでいたはずだったのに、すこしずつ私は苛立っていった。

正直に言えば、学友も先輩も、そして教職員も裕福な家庭の人が多い。もちろんそれは悪いことではないのだけれど、言葉にできない黒い気持ちが、私の中に溜まっていった。

服装を比べる。バッグや靴や小物を比べる。住んでる場所や、乗用車を誇る。

今思えば、それは誇っているのでなくて、その人達には日常生活で、当たり前の情報交換だったのだと思う。でも、その時は、自分だけが違う暮らしの中にいて、そして、劣っていると思ってしまった、その暮らしを維持するためにさえ、ソープで働いている私が嫌だった。

高校生のときに、カラダを売ることが出来たのは、まだ幼かった私の、お家のみんなに対する、義務感や責任感、そして「いい子」であることが好きな性格や、ちょっと気取ったヒロイン気分も無かったと言えば嘘になる。

「みんなのための犠牲になる私、カッコイイ」

実際にカラダを売るようになってからは、そんな事を考えている余裕は無かった。カラダを一度売り始めてからは、その収入をあてにして、お家と共に相続してしまった借金の返済計画を立て、暮らしの計画を立て、もし自分が身体を壊してしまったときの準備をし、少しでも時間があれば、出来る限りカラダを売った。第一優先は、カラダをお金に換えることで、その隙間に、私の高校生としての暮らしがあった。

大学の入学金や授業料を払い、奨学金も受けることが出来て、通帳には残高が残るようになって、少しは自分の時間を持ちたくなった。そして、持てた時間は私を癒す事は無くて、不満を育ててしまうものになってしまった事が、今はわかる。

ほぼ半年間、私はどんどん壊れていった。

惰性でカラダを売り続けていたし、学校にも行ってはいたけれど、ささくれ立っていく気持ちを止められなかったし、いつの頃からか、記憶さえ曖昧になっていった。

良い事かどうかは判らないけれど、秋の短い旅を経て、カラダを売ることを第一優先に戻してみた。とにかく、それを一番にして、暮らしを続けてみる。

17歳の私は、カラダを売り始めた最初の頃から、自分に手紙を書いていた。そして、18歳の誕生日に、この日記を書き始めて、まだ2年しか経っていないけど、いろんな事があった。

書いたこと、書けなかったこと、書いてしまいたいこと、書いてはいけないこと。

今日も私は、今からカラダを売りにいく。今日もTシャツにジーンズ、洗い晒しのコットンシャツのオシャレとは無縁な服装で。そして日焼け止めだけのノーメイクは旅から帰ってずっと変わらない。

朝顔のつるがどんどん伸びている。花芽もいくつか見えていて、色を確かめながら、つるを導いてみる。

今日は雨だとの天気予報は外れていて、いまのところは晴天だ。


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