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2004/10/03(日) side A:    秋雨 
カーテンを開くと、窓はくもっている。そして、雲は厚い。

自動設定にしてつけっぱなしにしていたエアコンから、少し暖かい風が流れてきて、赤いランプも点っている。そしてすぐにスイッチをオフにする。

指でガラスをなぞって見ると、ツーっと水玉になって落ちていき、水玉の軌跡のところだけが、透明に戻る。

発作が少なくなって来た頃から、いい子が好きな私は、学校でも手が掛らない小学生で、窓側の一番後ろの席が、定位置になっていた。級友達が、自信を持たせるために先生がする質問に、勢い込んで手を上げる時には手を挙げないで、そして、習熟度を測るために、たまに投げられる、誰も答えられない質問に、その席から手を上げて指名され、振り返るみんなの視線の中で、ゆっくり正答を返すのが楽しみな、今思えばかなり性格の曲がった子供でもあった。

父が逝った年、妹は、難関の一貫校を目指していて、合格圏内にあることで、小学校でも、塾でも期待を集めていた。

成績が良いことも自信の一つだった私にも、妹の成績の良さや、私への質問の的確さ、そして受験に対するだけでは無い、知的な吸収力には、到底及ばない感覚はあって、正直に言えば嫉妬はあったし、その差を、病気のせいにして、自分自身を納得させていたところもあったことを思い出す。

父の死と、母の入院から始まった生活の激変で、妹は受験を断念し、と言うよりも、高額な学費の掛るその学校への進学は、どう考えても、そんな話をする状態では無くなって、妹も言い出せずに立ち消えたと言うほうが実態に近いと思う。そして、弟は私よりは成績は良いけれど、妹には遠く及ばなくて、受験は高校からしか考えていない。

母の病気のこともあり、今の妹には将来の目標がある。

それを目指すには、膨大な時間とお金が掛ることを妹は知っていて、どの学校を目指せばどのくらいの費用が掛り、それにはどのくらいの学力が必要であるかも細かく調べていることを、私は知っている。

妹が過ごしたこの4年超の時間を、私に置き換えると、その年齢の私は、元気になってきた身体が嬉しくて、海で遊び、それなりに勉強をし、でも将来のために努力していたかと言うと、それは無くて、父と母の庇護の下で、普通の子供として過ごすことが出来た。

妹は、激変する家庭環境の中でも表面的には揺れる事は少なく、一時は、私の暮らしを訝しんだりもしたのだけれど、それが、今の家族の暮らしに必要であることに気付いてからは、もう詮索をすることも無い。

そして、自分の将来と目標に必要な事を中心に据えながら、学校生活を少しだけ楽しむ暮らしをおくってきた。

私は、妹の聡明さに救われ、感謝し、少し畏怖する。

その頃から私と妹の間には、一枚くもったガラスを挟んだような、感覚はある。


あの頃、一番先生の目の届かないその席で、くもったガラスで遊んでいた。

最初は下手な絵をいくつか書いて、その少し上を指でなぞると、ツーっと落ちていく水玉で、崩れていく絵を見ているのが好きだった。

出来た水玉の道に、また水玉を誘導して、ガラスは上から少しずつ透明になる。透明になった、窓の向こうには、見慣れた校庭や体育館が見える。その風景と、水玉の道が並ぶ、曇って霞んだ風景とを、視点の高さを変えて、飽きずに眺めていた。

不規則に並んだ水玉の道を、掌でパーっとこすると、それまでの風景は無くなって、ありのままのそこにあるものが見えるようになる。

その風景には、細い秋雨が、いつも降っていたような気がした。



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