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2002年7月
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2002/07/06(土) side A ★ 体育祭でした。
楽しかった。梅雨の切れ間の空は、もう夏の色だったし、私はこの一年ちょっとが無かったように、高校生だった。

けっきょく、応援の看板はナポレオンだったんだけど、仕上げが悪くて、何だかお笑い芸人さんの衣装みたいになっちゃて、イマイチだった。普通の体育の時は、指定は無いので、みんな適当な格好をしているんだけど、今日は色別にアイロンプリントで作ったマーク入りの揃いのTシャツを着ている。なんだか私は高校生で、18才で、ここにいるんだなぁってほんとに思う。

幼稚園にに入園して、生まれて初めての運動会の日、私はその日を、とってもとっても楽しみにしていた。幼稚園の運動会なんで、おゆうぎも、借り物競争も母と一緒に練習していて、その二つの競技って言うか、出し物は母と手をつないで出ることになっていた。

入場門にみんなで移動する時間になっても、観客席に母の姿が無かった。お友だちはみんな、その姿を見つけてはしゃいでいるのに、私の母だけが見当たらない。放送があって、整列が始まると、それぞれおかぁさんが来てくれて、順番に手をつないで並んでゆく。私は伸び上がって観客席を見回し、私の家の方の道路を見、そしてまた観客席を見回す。

「妹さんが、急に熱を出してしまって、おかあさん来れなくなったって電話があったよ。今日は先生と踊ろうね。」後ろから、ポンと肩を叩かれて、振り向いたところに立っていた園長先生が私に言った。今でもそのシーンを鮮明に憶えている。

音楽が鳴り始めて、行進する時に、ポロポロ出てくる涙で、私はなんにも見えていなかった。明るい曲調のその歌が、何だかとっても恨めしかった。手をつなぎながら、わざとその手にぶら下がったりする、おともだちがとっても憎らしかった。

曲が変わって、おゆうぎが始まって、私はほとんど力の入らない手を園長先生に握られ、うつむいたまま、音楽に合わせて動いていた。

「ゆかぁ、頑張れ!」

目を上げると、そこに作業服を着た父がいた。園長先生は手招きして、父を呼び寄せ私の手を父に預けた。

一度も練習さえ見たことの無い父のおゆうぎはめちゃくちゃで、懸命にまわりの人に合わせようとするのだけれど、あっちでぶつかり、こっちでよろけて、とってもかっこ悪かった。

でも、嬉しかった。

その後すぐに、年長組さんのリレーが終わって、お昼のおべんとうも父と食べた。きっと会社から全力でお家へ戻って、全力で幼稚園まで走って来ただろう、父が開いてくれた母の作ったおべんとうは、おにぎりと銀紙の持ち手のついた鳥の唐揚げもごちゃごちゃになっていて、でも、でも、とっても美味しかった。

今日の私は、100mでも、リレーの三番手でも走って、どちらも一着だった。そして、ダンスでは前にちょっといいなって思っていた1年生の時のクラスメイトの@@君とラストで当たって、一番長く手を繋いでいれた事も嬉しかった。

結局私達の色は2位だったけど、旗の周りでみんなで記念撮影もして、とっても盛り上がっていた。いつか、お母さんになってちっちゃい君の運動会に行けたら楽しいだろうなぁ、なんて楽しい思いもこみ上げてきた。

でも、父はもういなくて、私は明日、また私を売る。


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