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2005/03/30(水)
side A : その海 その空
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父方の祖母の町から1時間と少しで、その場所には着く。
一人を残して、火に包まれて消えてしまったその家族は、写真さえ、そのとき祖母が疎開先に抱いて行った一枚だけを残して燃えた。
山を背にして、海に広がる温泉地の旅館の玄関で、並んだ家族は、写真師さんが写したと思われるセピアの画面の中で、すこし緊張しながらも幸せそうに笑っている。
父の書き残した言葉から、それは戦争が始まったすぐ後で、家族みんなで行った唯一の旅行だったことがわかる。
その旅館の、その玄関が、今もそのままある事を知り、去年の旅で、そこに泊まった。
「古いでしょ。でも手はいれているんですよ。」
閑散期の平日でもあって、仲居さんは旅館の由来を話してくれる。
「玄関と欄間はそのままなんですよ。」
千鳥の家族が波間で遊ぶ図柄の欄間のある部屋で、初めての家族旅行で、祖母の家族はどんな話をしたのだろう、なんて思う。
温泉も私一人で、ゆっくりさせてもらってから、祖母について、父が残した文字を追う。
ここに来た日の祖母は今の私より、年は若い。
どんな夢を見ていたの?どんな未来を思い描いていたの?
朝、早起きをして、大切に持ってきた写真を抱いて、玄関に立つ。
もちろんそこから見える景色はきっとずいぶん変わっている。
私は貴女の、そしてみんなと同じ血が流れていますよ。
そして、生まれさせてもらって、生きさせてもらっていますよ。
写真のみんなが見た朝の海は、その日もきっと今日と同じで穏やかで、空も、こんな色だった気がした。
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