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2006/11/24(金)
土
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「悪い百姓は、雑草を育て、普通の百姓は、作物を育てる。 そして、いい百姓は土を育てる。」という言葉を教えていただきました。
そして、自分の事を考えます。 俺は、土に種をまくと、早く育て、早く育てと、水を、肥料をたくさんやります。 たくさんやれば、早く育つと、これでも、これでもかとたくさんやります。 やってる自分こそが、いい百姓じゃないかと考えます。
芽が出て、茎が生えると、その根の事が気になって、どれくらい根付いたか、土から引っこ抜いて、根を確かめずにはおれません。 少し経っては、引っこ抜き、少し経っては引っこ抜き、なんでちゃんと根付かないんだと、嘆きます。
雑草が生えたら、農薬のことしか考えません。
百姓の語源を教えていただきました。 100の姓、それが、百姓の始まりだそうです。 農業に従事するのが、今は、百姓と言われますが、年貢を取り始めて、一般庶民を呼ぶ際に、色々な職業に従事するものがある。 それが、たくさんの姓、百姓となったそうです。
いろいろな人がいていい。 聖書のヨブ紀ではありませんが、私たちからみたら、わからないことだからといって、排除する。 分からないものは、分からないと、そのままでいいのかな、なんて思います。
なんでもかんでも、分からなくていいのんちゃう?
理屈にあわなくてもええじゃんか。
いいことだってたくさん経験させて頂くんだもん、悪い事だって、喜んで体験させていただく。 なんて、できもしない口先だけの事を言うのが、サーシャさんらしいです。
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