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2006/03/02(木)
心配について考えると
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心配って、何でも書くけど、ネガティブな願望のある一面だって思うんです。
んで、心配さんの種類別に集合してもらうと、 未来のことを暗く考える、取り越し苦労っう心配さん。 過去のことを何時までのぐちゃぐちゃ思う、後悔っう心配さん。 自分をよく見せようっていう、虚栄心っう心配さん。 周りを自分の思うままにしたいっていう、自己中っう心配さん。 人を信用できない、猜疑心っう心配さん。 災害や事故など自分の力ではどうにもならないものを心配する、心配さん。
そんな心配さんがあるような気がします。
で、わし流に言うと、これは、ええ事に変わっちゃいます。 だって、そう気がつくことができるんです。 気づくから、察知能力があるから、心配できるんです。 鈍感な、鈍い人は、心配できません。 だから、その心配出来る人は、わし、だめだって思わず、わし、偉いじょおおおおおおおって、自分に拍手しましょう。
んでも、この気づきは、あんましよくない気づきなんで、その素晴らしい察知能力は、別の角度で使用しましょう。
さ、心配にばいびーする練習しましょうー。 素晴らしい、気づきがある皆さん、能力があるんです、できます。 さ、お祈りです。 できた、できた、できましたああああああああ。 すんばらしいいいいい、みんな、心配の癖がなくなりましたーーあ。 天の神様、ありがとうです。
(うちのにーちゃん、絶対に言うな。浅いなーあって、で、そん時のわしの決まり文句、わしゃあ、浅いさ、○○だもんんんんん)(○○には、サーシャの地球上での苗字が入ります。まじ、うぜえええええええ)
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