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2007/05/31(木)
本音と建前・・・9係
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昨日の・・・お料理をしない9係の課長(でもたい焼き買ってきてたけど。) 仲間と大喧嘩しない「青柳さん」(でも、いつもより派手に取調室のデスクひっくり返してたけど。) ってのも意表をつかれましたが、面白かったです。
ところで・・・・日本文化には「本音と建前」ってのがある。 よく外人さんとかに「どっちが本心なんだ」と聞かれるやつですが・・・「どっちも本心」。そういう外人さんだってダブルスタンダードな文化ってのがある。「サムライ」や「公家」はもっと「駆け引き」しますから。 (「ごっつぉ言葉」ってのが母の実家福井にあります。「ご馳走言葉」がつまって「ごっつぉ言葉」。誰かに「お茶でも飲みにいらっしゃい」といわれてホントに飲みに行こうものなら笑われる・・・「ぶぶ漬け」文化みたいなもの。なので「おだてられても真に受けるな」ということを良く「祖父」は言ってました。「そんなんは『ごっつぉ言葉』や」と。むしろ警戒しろと。)
「建前」的に紳士的にふるまっていて・・・家に帰ったり、仲間うちで「こてんこてんに相手の悪口をいう。上司の悪口、友達の悪口・・・とにかく発散する」。この「発散(ガス抜き)」がないほうが問題。ガス抜きってのはあって当たり前なわけで。どんなに仲のいい相手と一緒にいても長い時間いれば気に入らないところも出てくる。亭主の悪口をいってガス抜きしあう主婦なんてのもその典型。 わたしなんざ外ではすましてますが、家では「けちょんけちょん」に言いますから、もしわたしなんかを気に入ってストーカーとやらが盗聴器をつけて聞いていたら・・・もう千年の恋も瞬間冷却間違いなし。そんな「もの好きの閑人」はいないとおもうので心配ないですが。爆
ほんじゃ「紳士的に振舞ってたのは『うそ』の姿なのか。うそなんかつかずに本音を見せろ。」というのは・・・「一本気」すぎ。 「社交」「礼儀」っていうのは「気に入らない相手と出くわしたとき、いちいち喧嘩しなくてもいいように省エネで渡り合えるようになっている昔の人の知恵」。
それをあえて無視して「気に入らないと思ってるなら、かかって来いよ!!何すました顔してんだよ」と絡んでくるのは「893」な方のすること。 一方その「893気質」が買われるときもある。「清水の次郎長親分」とかですね。
組織の中にいると・・・団体行動なので「個人的な主義主張」をまげてでも「組織」の一員として動かなきゃいけないことがある。でも、9係の課長はどうも、「本音」を貫くひとらしく、警視総監にもマークされてはいるものの・・・消されない。 なぜなら・・・課長の「本音」は実は「みんなの本音」で、「建前的には」「困ったやつだ」と眉をひそめつつ・・・その実周りが彼の「本音」に共感して、その「スタンドプレー」を見守ったりサポートしたりしているから。 要するに「正義」ってのは「民主主義な多数決」と必ずしも一致しないときがある。そんなとき、「加納倫太郎」や「清水の次郎長親分」が「動く」わけですね。
最近の民主主義は「皆で徒党を組んで袋叩きにする」ような傾向になってしまっている気がします。 一昔前「赤信号みんなで渡れば怖くない」っていうギャグが流行りましたが、そんなかんじ。
みんなで決めることイコール必ずしも正義にあらず。
「郵政民営化を国民に問う!!」とまるで「郵政民営化法案のためだけに解散総選挙」したみたいだった小泉内閣で、その小泉内閣で得た多数議席が、今、安部内閣で引き継がれて「他の法案」をどしどし素通し。
こんなことになったのは誰のせいでもない。 国民のせい。「郵政民営化」のことしか頭になくて、その後のことまで考えがまわらなかった。
久しぶりに参議院選は民主党に入れてこようと思ってます。 「憲法改正して参議院をなくせ」 という声も聞こえますけど、どうせ改正するなら、わたしは「法案のダブルチェック機構」としてもっと「参議院の権限」を強くすべきだと思う。
「美しい日本」はちょっと期待はずれでした。「自殺者」まで出ちゃう内閣は「美しくなさすぎ」。
ここはひとつ「小沢さん」に頑張ってもらって・・・。
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